汚染水から放射性物質を取り除く水処理設備・多核種除去設備(ALPS)でも取り除けない放射性物質がある。その一つがトリチウムだ。トリチウムを取り巻 く現状と、今後の汚染水問題への取り組みの新たな可能性について、京都大学原子炉実験所・助教の小出裕章さんに聞いた。(ラジオフォーラム)
ラジオフォーラム(以下R): 10月に福島第一原発の地上タンクから高濃度汚染水約300トンが漏れ出たというニュースがありましたが、東京電力は10月18日、この地上タンクの近く にある地下水観測用井戸から、トリチウムという放射性物質が、1リットルあたり79万ベクレル検出されたと発表しました。これは、どういった数字だと理解 したらいいのでしょうか。
小出:私の所属している京都大学原子炉実験所が放射性物質を流さざるえない状況になった時には、濃度規制を守り ながら流すことになるのですが、トリチウムの場合、1リットル当たり6万ベクレルという数字が、環境に流してよい濃度とされています。今回発表された値は 79万ベクレルですから、環境に流してはいけないという濃度の10倍を越えるものが井戸の中に既にあるということです。
R:トリチウムという放射性物質の性質を教えて下さい。
小出:トリチウムという放射性物質は、私たちは別名、三重水素と呼んでいます。自然の中には、いわゆる普通の水 素と二倍重たい重水素というものが存在しているのですが、どちらも放射能を持っていません。一方、この三重水素、つまりトリチウムというものは放射能を 持っていて放射線を出すという性質のものです。
R:どれくらい放射線を出すのですか。
小出:トリチウムが出す放射線は、β(ベータ)線と呼ばれている放射線だけで、そのエネルギーは大変低いもので す。数字で言うと18.6キロエレクトロンボルト。β線を出す放射性物質の中では一番に低いといってもいいぐらいのβ線しか出さないのです。そのため、生 命体に対する危険度は低いです。ただし、放射線を出していますので、もちろん無害ではありません。
R:トリチウムに対しては、何か対策は行われていますか。
小出:水素というのは、環境に出てしまいますと必ず水になってしまいます。現在、汚染水というものがあり、苦闘していますけれども、汚染水の処理というの は、汚染水の中に混じっている放射性物質を水の中から取り出して水をきれいにしようというものです。しかし、トリチウムの場合、水そのものですから、どん なにきれいにしたところで、トリチウムだけは除けないのです。
ですから、既に井戸の中に入ってしまっているもの、タンクの中に入っているもの、そんなものもトリチウムに関しては何の手も打てませんので、いずれにしても、全量放出するということになってしまいます。
R:打つ手はない、ということですね。
小出:地球というのは水の惑星と呼ばれるくらい大量の水がありますので、ただただ、薄まってくれることを期待す るということになるのです。とはいえ、水の惑星で生きている私たちは基本的に水に依存して生きているわけですから、その水が汚されてしまうということは、 生命体にとって大きな驚異になると思います。
R:生命体に与える影響という点では、どの程度解明されているのでしょうか。
小出:トリチウムに関しては、放射能的にわかってないということがまだまだあります。例えば、タンパク質の構成 の一部になってしまった時、トリチウムが体内にどれくらいの期間、残存するのであろうかとか、かなり難しい問題がまだ残っていまして、トリチウムの影響が 完璧に解明されているわけではありません。