公害の原点といわれる水俣病が公式に確認されて57年。水銀の輸出入を規制する「水俣条約」が10月10日、締結された。水俣病を重い教訓とし、悲劇を繰り返さないという決意を込めた国際条約だ。約140カ国が参加した会議の開会式典では、安倍総理がビデオメッセージで「水銀による被害と、その克服を経た我々」などと発言、波紋を広げた。水俣病は終わったのか。古里を離れ大阪で暮らす水俣出身の患者たちを訪ねた。(栗原佳子 新聞うずみ火)
◆続く健康障害 ~頭痛、手足のしびれ、視野狭窄...
テーブルのタッパーに手を伸ばすと、坂本美代子さん(78)は、「ちょっと失礼しますね」とおもむろにフタを開けた。小ぶりの弁当箱ほどの入れ物にぎっしりと頭痛薬。坂本さんはコップを唇に押し当て、水と一緒に喉へ流しこんだ。「ひどいときは一日5回飲みますねん」
下町の風情が残る大阪市平野区の文化住宅で、坂本さんは一人暮らしをしている。熊本県水俣市生まれ。水俣病の患者だ。水俣病は、チッソ水俣工場の排水に含まれていたメチル水銀によって引き起こされた。
水銀は食物連鎖の過程で数万倍、数十万倍に濃縮され人間の体内に取り込まれ、その中枢神経を侵す。水俣病が発見された当初は劇症型と呼ばれる重症患者が数多く出たが、いまは、頭痛や手足のしびれ、耳鳴りなど慢性的な症状に苦しむ患者が多い。坂本さんもその一人だ。
水俣病に特徴的な視野狭窄にも日常を脅かされる。「こうやっても、この手が私には見えないんですよ」と、坂本さんは両手をこめかみの真横で、派手なジェスチャーで動かして見せた。