阪神大震災から今年で19年。当時1歳6か月の長男を亡くした兵庫県西宮市の主婦、たかいちづさん(52)は、成人式を迎えるはず だった息子に二十歳のプレゼントをした。「優しいあかりにつつまれて」と題した絵本。東日本大震災で8か月の息子を津波に流された仙台市の竹澤さおりさん (38)との共作で、息子への思いと、いつもそばにいてくれる愛娘への感謝の気持ちをそれぞれの物語に込めた。(栗原佳子 新聞うずみ火)

震災で子どもを失った、西宮市のたかいさんちづさん(左)と仙台市の竹澤さおりさんは、絵本「優しいあかりに包まれて」を出版した。亡くなった子どもたちの写真を前に。(撮影:栗原佳子)
震災で子どもを失った、西宮市のたかいさんちづさん(左)と仙台市の竹澤さおりさんは、絵本「優しいあかりに包まれて」を出版した。亡くなった子どもたちの写真を前に。(撮影:栗原佳子)

◆ママが生きていてごめんね――。

たかいさんは1993年7月、待望の赤ちゃんを授かった。結婚して7年半。男女の双子だった。長男のしょう君と、長女のゆうちゃん。双子の子育てに悪戦苦闘しながらも幸せに包まれる日々。それを、あの激震が引き裂いた。

当時、暮らしていた山口県岩国市から、西宮の実家に里帰りしていた時だった。夜、たかいさんを挟んで右隣にしょう君、左隣にゆうちゃん、川の字になって寝た。

大きな揺れ。うめき声で我に返り、すぐ手を伸ばした。しかし右手に触れたのはタンス。その上には崩れ落ちた天井や梁も......。助け出され、病院にやっとたどりついたが、待っていたのは残酷な宣告だった。

「助けることができず、しょう君を一人で天国に旅立たせてしまった。守ってあげられなくてごめんね。なぜ自分は生き残ってしまったんだろう。ママが生きていてごめんね――」

悲しみと自責の念と後悔に苛まされ、家に閉じこもって泣いてばかりいた。桜のつぼみが膨らむのも悲しみを倍加させた。息子が生きられなかった時間を思ってしまうため、娘の成長も素直に喜べなくなってしまった。

震災から4年後の99年、夫の転勤で西宮に戻った。まちは復興に向けてゆっくりと進んでいたが、自分は悲しみから抜け出せないまま。その隔たりにも苦悩した。

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