<認知症の人の徘徊を家族が防ぎきれないのと同じように、鉄道会社も認知症の人が軌道内に立ち入ることは完全には防ぎきれない。事故は起こりうる し、誰もが、またどの鉄道会社もが当事者になる可能性がある。事故発生時の損害については、当事者同士の責任にするのではなく、社会的に救済する制度を設 けるべきである>
「認知症の人と家族の会」によると、65歳以上の高齢者のうち認知症患者は推計462万人。高齢者の7人に1人が認知症という計算になる(2012年時点)。予備群である「軽度認知障害」を含めると800万人を超える。

また、認知症やその疑いがあり行方不明になる人は年間1万人近くに上っている。
「JR東海の社員の中にも認知症の家族を抱えた人もいるでしょう。損害額のみに固執するのではなく、どうすれば悲劇がなくなるかという社会的な対策を一緒に検討すべきです」と坂口さんは訴える。

坂口さんが光子さんに「異変」を感じたのは20年前。もの忘れがひどい。会話の歯車がかみ合わない。買い物に行くたびに冷蔵庫の中が一杯になった。若年性のアルツハイマー型認知症と診断された。

徘徊し始めるのは発症して7年後のこと。マンションのエレベーターに乗り込み、誰かが降りると一緒に出てしまう。帰り道がわからなくなり、同じ階を 行ったり来たりして2、3時間さまようことが日常茶飯事だった。それでも「要介護2」。介護保険を利用しても、24時間見守り続けることは難しい。徘徊し ないように光子さんの手を縛ったこともあったという。精神的にも追い詰められ、特別養護老人ホームを探したが、認知症の人を受け入れてくれるのは要介護3 からだった。

「徘徊は『自分の家に帰りたい』などの目的があるからこそ起こるのです。病気が進むと、帰るという意味もわからなくなります。手を取って一緒に歩かないと、一人では歩けなくなるのです」

やがて、光子さんは身体が不自由になり、寝たきり状態になる。痰の吸引は2時間ごと。睡眠時無呼吸症候群で3分間も息をしないこともあり、片時も目を離せなかった。

「歩けるうちはまだよかったと思いました。一番欲しかったのは自分の心が自由になる時間。要介護3以上になったら体力も気力も限界に近づきます。介護ではなく看護です」

認知症患者を抱える家族の負担は重い。徘徊を防ぐには拘束するか、鍵をかけて閉じ込めるしかないのだろうか。

福岡県大牟田市では、警察に捜索願が出されると、家族らの同意を得て郵便局やタクシー、バスや鉄道会社などにも情報が流され、市民の間にも捜索・保護するネットワークがある。

坂口さんはいう。
「認知症は老化の一種。誰もが当事者になりうる病気だからこそ、正しく理解していただきたい」
【矢野宏 新聞うずみ火】

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