◇ 伝説のフォトエディター
そんな中、私に写真の手ほどきをしてくれた男がいた。しばらく前までこの新聞社でフォト・エディターをしていたピート・シャンクだ。彼は、新聞社を 辞めて 手に入れた土地で個人酪農を始めていた。素晴らしいフォトジャ-ナリストだから会った方がいい、と周囲に勧められて山奥の彼の家に行くと、赤いバンダナを 首に巻いたカウボーイ然とした長軀の男が戸口に現れた。
ピートは議論好きの曲者で、自分と意見を異にする者には手厳しかった。ただ、写真のアドバイスは的確だった。カメラを携帯していない私に、裏手の 山々を指して「露出は?」とか「どう撮る?」と聞いてくる。つまり、技術的なことを含めて、風景を自分の目で見て撮影アプロ-チのイメ-ジが瞬時に湧いて こないようではダメだというのだ。彼と彼の妻・ナンシーが住む家の壁にはモノクロの写真が数点飾ってあったが、息を飲むほど見事な構図だった。計算されて いるのに押しつけがましくない。聞けばどれも彼の作品だという。
そして、人間を撮るなら、被写体の内面を写し出さなくては意味がないという彼の持論を私に説いた。テクニックを身につけたり撮影前の下調べをきちんとしたりするのも、すべてはそのための準備なのだと。
彼は新聞社にいろいろな伝説を残していた。
その昔、ピートを慕ってユタに来た若い気鋭のカメラマンが入社したことがあるという。ある日、そのカメラマンが取材に出たまま行方をくらました。携 帯の普 及していない頃の話だ。3~4日後ふらりと戻ってきたのでピートが理由を聞くと、「出会ったサーカス隊について行き、撮影していた」という返事。激怒した ピートはその場で彼をクビにしたが、とりあえずネガを現像させると、写真があまりにも美しかったため、クビの通告は取り消して、すぐ二人でその週末のフォ トページの準備に取りかかったという。
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