◇ 写真記者の場合
自分の名前を売るのに手っ取り早い方法として、まずコンテストがある。もともと賞好きのアメリカ人だ。この業界にも大小問わずたくさんのコンテスト があるので労力を惜しまずに次々と応募しなければならない。結果を見れば今どこに優れたカメラマンがいるか分かるし、運良く入賞すれば自分の作品を全米の フォトエディターに見てもらえるという算段だ。
しかしコンテスト編重の風潮には問題もあった。いわゆるコンテスト受けする題材選びや撮り方が目立つ傾向があり、過分な競争に自分を見失うカメラマ ンもいた。「やらせ」や撮影後の映像加工は、明るみに出れば即失職につながるジャーナリズムの倫理破りだが、残念ながら時々これらの行為が発覚することが あった。
自分の作品をまとめるポートフォリオづくりも大事な作業だ。常に最新版を用意しておいて、自分が狙っている新聞社のポストに空きができたら直ぐに郵 送する。ニュース、スポーツ、ポートレートなど幅広い分野の写真を入れつつ自分のスタイルを反映させるのだが、そのバランスが難しい。ジェネラリストとし て売り込むよりは、自分の視点や切り口を強調した方が効果的だが、それが過ぎてもいけない。もともと個性的な者たちが集まるフォト・ジャーナリズムの世界 なので、あまりエゴを全面に出してもスタッフとして使いにくいという印象を与えてしまう。
もうひとつがネットワーキング、いわゆる人脈づくりだ。年に数度あるプレス・フォトジャーナリズムの大会はその格好の場になる。名刺交換の場という よりは、そこはフランクな米国人なので、おしゃべりを通じて自身をプレゼンするぐらいの感覚で参加するのだが、著名なカメラマンやフォト・エディターに作 品を見せるチャンスも思いがけず訪れることがある。もちろん就職うんぬんとは別に、会場のホテルの一室で同業者たちと夜を徹して写真について語る体験は貴 重だ。