福島第一原発事故の放射能汚染の拡がりを野生生物の調査によって丹念に追っていく試みが続けられている。そうした1つから現在も福島第一原発からの放射性物質放出が続いていることを裏付けるデータまで出てきた。それはいったいどんなものなのか(井部正之)
◆鳥の羽にみる放射能汚染
福島第一原発から現在も放射性物質の放出が続いているのではないか。
そんな疑問の一端を明らかにする研究結果が東京農工大学環境資源科学科の渡邉泉准教授(環境毒性学)らによって報告されたのは7月上旬、福島県郡山市で開催された環境放射能除染学会の研究発表会である。
渡邉准教授らの研究は、野生生物を調べて汚染状況を知るとともに、原発事故の環境への影響の拡がりをみようというものだ。
そうした観点から渡邉准教授らは2012~2013年に福島県二本松市東部でニホンイノシシなどほ乳類4種(ニホンイノシシ19頭、ハクビシン5 匹、タヌキ2匹、ニホンアナグマ1匹)、カルガモなど野生鳥類3種(カルガモ5羽、キジ3羽、ハシボソガラス3羽)を捕獲し、体内の組織・器官ごとに放射 性物質の蓄積状況を調べた。
報告によれば、2012年段階ではほ乳類はほぼすべての組織・器官で放射性セシウム137が100Bq/kg(乾重量)を超えた。もっとも放射性セシウム濃度が高かったのがニホンイノシシで、残る3種のほ乳類で顕著な濃度差はみられなかった。
放射性セシウムは特に筋肉に蓄積しやすい傾向があり、ニホンイノシシでは1000Bq/kg(同)超が筋肉中で検出された。
イノシシはチェルノブイリ原発事故後に長期間にわたって放射性セシウム濃度が落ちなかったことから、日本でも同様になるのか注目された。
だが、渡邉准教授らの調査では2012年から2013年にかけて顕著に減少した。それはなぜか。
「チェルノブイリのイノシシはキノコをたくさん食べるが、福島はキノコへの依存が低い。
食べているエサの放射性セシウムが確実に落ちているためだろう。この間の減少傾向からみると、数年で100Bq/kg(同)を切るのではないか」と渡邉准教授は分析する。
鳥類についても筋組織に蓄積する傾向が示された。もっとも高濃度だったのはハシボソガラスの胸筋で、平均212Bq/kg(湿重量)だった。
現在も続く放射性物質の放出にかかわるのはこの鳥類の調査である。
2012年6月に捕獲したハシボソガラスについて、羽の汚染状況も調べた。すると、翼の後方の羽のうち、先端側に位置する「初列風切羽」の羽弁(羽 軸から枝分かれした羽枝がくっついて板状となった部分)がもっとも高濃度で、最大約2800Bq/kg(乾重量)に達していた。
この調査結果が何を意味するのか。
渡邉准教授は「羽弁など羽の中でも風を受けて大気に触れるパーツの濃度が高い。事故後も長期間にわたって放射性セシウムが空気中を浮遊していることを示す」と指摘する。
ハシボソガラスの羽は約1年で生え替わるため、2011年のフォールアウト時の汚染ではないのだという。
今回のように鳥類の羽(羽弁)を毎年調べることで、経年変化を追うことができ、大気モニタリングとして有効だと訴える。
そして、こう付け加えた。
「少し前に福島第一原発でがれきの撤去をしたときに、外部に高濃度の放射性物質が飛散したことがありましたが、あれと同じように、なんらか放射性物質の飛散が起きているということではないでしょうか」
福島第一原発から放出されている放射性物質の量は、10月20日段階でも1日で約2億4000万Bqと推定されている。これを東京電力はホームページで「事故時に比べて約8000万分の1の値です」と大幅に低減したことを強調して説明している。
だが、事故時に比べて8000万分の1になったことは逆に事故のすさまじさを物語るにすぎず、現在の放出量が少ない根拠にはなっていない。また、あくまで推計にすぎず、以前報じられたようながれき撤去での飛散のような状況は想定外だ。
いまだ1日に2億ベクレル以上ととんでもない量である。そうした飛散が鳥の羽で確認されたのか、あるいはがれき撤去時のような想定外の飛散が影響したのか。そうした状況を知るにはきちんとモニタリングを続けるしかないだろう。(つづく)
【井部正之】
※『日経エコロジー』2014年9月号掲載の拙稿「福島、野生生物の放射性物質、一部で濃度低下、卵への移行も」に加筆・修正