韓国のサムスン電子。スマートフォン、高画質テレビ、半導体などの製造で韓国のGDPの2割を稼ぎ出すと言われるガリバー企業だ。そのサムスン電子の工場で働く従業員に白血病などの健康被害を訴えるケースが相次いでいる。何が起きているのか?その原因は何か。(アイアジア)

●誰も化学物質と無縁ではいられない
私は2年前、大阪市の印刷会社の従業員たちに胆管がんが多発しているという異様な事件を取材し、その原因が洗浄剤として使われていた化学物質にあることを 突き止めて報じた。詳しくは、「現代ビジネス」に発表したレポート「恐怖の『胆管がん多発事件』はなぜ起こったか」に記したので、興味のある方はご覧いた だければと思う。

私は当時の取材を通じて、工場で使用している洗浄剤が、現代社会にとって想像していたよりもはるかに不可欠な存在になっていることを知った。そして、洗浄剤として使われる化学物質に、強い分解力と速乾性が求められていることも知った。
言うまでもなく、これは印刷業界のみに特有な問題ではなく、まして日本のみに特有な問題でもない。どの産業も、どの国も、洗浄剤とそこに含まれる化学物質と無縁ではいられないのだ。
胆管がんを引き起こした洗浄剤を作っていたメーカーの工場長は、私の取材に対してこう言った。
「印刷業界なんて、洗浄剤を利用している量で言ったら、大したことはありません。金属産業、それに半導体産業などはかなりの量を使っています」
彼の言葉はウソではなかった。実際、よく似た事件が、隣の国の半導体産業の現場で起きていたからだ。舞台は今、世界を席巻している巨大企業の工場。そして、現場の人々を蝕んでいた病気の名は、白血病だった。

白血病にかかったファン・ユミさんは、この写真撮影から数ヵ月後、 22歳の若さで亡くなった。
白血病にかかったファン・ユミさんは、この写真撮影から数ヵ月後、
22歳の若さで亡くなった。

●ついに裁判所が認めた因果関係
今年8月21日、韓国のソウル高等法院が出した判決は、サムスン電子に衝撃を与えた。
「被告の訴えを却下する」
サムスン電子の工場で使われていた化学物質によって従業員が白血病を発症したことを、裁判所が、一審に続き二審でも認めたのだ。
被告は、労働災害(労災)の認定を行う政府機関の勤労福祉公団だった。原告は、サムスン電子で働いていて白血病を発症し、22歳の若さで死亡した女 性、ファン・ユミの遺族。裁判は、勤労福祉公団が「ファン・ユミの死は労働災害ではない」と決めたため、遺族がその決定の取り消しを求めて起こしたもの だ。
第二審の判決は、具体的な化学物質との因果関係には言及していないが、次のような認定をした。
「死亡者(ファン・ユミ)らは、業務遂行中にベンゼンなどの有害物質と電離放射線などに暴露したことで急性骨髄性白血病を発症して死亡したか、また は少なくとも上記の露出が発病及びこれによる死亡を促進した原因になっていたと推認できる。したがって、死亡者らの業務遂行と死亡との間には相当な因果関 係がある」
この件に興味を持ち、日本からフォローしていた私にとって、判決は取材を進める大きなチャンスだった。ファン・ユミの遺族を支援している関係者に聞くと、
「韓国では、一審の判決が引っ繰り返ることはありますが、二審の判決が引っ繰り返るのは稀です。二審の結果が出たことの意味は大きいですよ」
という返事だった。私はすぐ韓国に飛んだ。(続く)

※この原稿は、「現代ビジネス」に掲載された記事を著者の承諾を得て転載したものです。

<<執筆者プロフィール>>

立岩陽一郎
NHK国際放送局記者

社会部などで調査報道に従事。2010年~2011年、米ワシントンDCにあるアメリカン大学に滞在し米国の調査報道について調査。

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