◆ 生き埋めになってしまった村人たち

さて物語では、日本軍は食糧と消えた住民を探しに、そのなかでも特に女たちを目当てに、洞窟のある小山の裾にまで出没しはじめます。見つかることを恐れて郷長は、全員そこから逃れる決心をしました。

夜、洞窟の中に明々と灯がともされ、荷作りと携帯する食べ物の煮炊きがあわただしくおこなわれます。「ぼく」は外で見張り役についていました。

ところが、洞窟の中では何かのはずみで失火から火事が起きてしまうのです。異変に気づいた「ぼく」は仲間と洞窟にもどりますが、少し入った所で落盤事故に巻き込まれた末、辛うじてただひとり助かります。

村のみんなは洞窟の奥で生き埋めになってしまいました。洞内の壁に開いた穴から満月のような明かりが差し込んできます。

「しかし、やがて、ぼくは余りの暑さにおどろいたのだった。それは空でも月でも星でもなかった。生埋めにされた者たちはぼくの足元でこの明るい光に つつまれ、いやもうこの明るい光そのものになっているのだ。それはずっと下の洞室のありとあらゆる荷物も人も光と変えてしまって静かに燃えつづけている火 であったのだ。」(『往生記』)

満月かと見まがう光は、洞窟に燃える炎の照り返しでした。星と見えたのは壁の砂の反射でした。

「ぼく」は呆然として地上にさまよい出ます。外はもう夜明けが間近なのでした......。
~つづく~
<<富士正晴 「洞窟の中の満月」(2)へ │ 「戦争の足音」一覧 富士正晴 「洞窟の中の満月」(4)へ>>

書籍 『検証・法治国家崩壊 ~砂川裁判と日米密約交渉』 (吉田敏浩)

★新着記事