◆ 「規制緩和の時代に強化はできない」
村松 「証人らが、機会がある毎に特殊健康診断と同様に作業環境測定の結果の報告を義務づけることを求めた、これはお役所に対して。これは、間違いないですね」
沼野 「はい」
村松 「もう一つは、作業環境測定の結果の報告というのは、そんなに難しい問題ではないと、こういうことですね」
沼野 「はい」
村松 「具体的にも書かれている。ところが、それに対するお役所の回答というのは『規制緩和の時代に規制を強化するようなことはできない』の一点張りだったと、こういうことを言われてますね」
沼野 「はい」
村松 「これを見ますと、先生、非常にお役所の対応について怒りを持って」
沼野 「はい。私は、常に持ってます」
村松 「結局測定だとか記録は、これは義務づけられているけども、報告は義務づけられていない、これは、そもそも測定が60%に止まっている原因だと」
沼野 「私は、そう思ってます」
尋問内容は日本作業環境測定協会の機関誌『作業環境』2003年9月号の特集記事「この人に聞く 沼野雄志氏 環境改善を考えて50年」という24ページにおよぶロングインタビューの発言が中心となっている。
沼野氏はこのインタビューで作業環境測定の報告義務がないという制度上の問題について、より明快に批判している。若干長いが重要な証言なので引用する。
〈法に基づく測定が義務づけられて30年も経って、未だに測定の実施率が60数%というのは異常ですね。もし厚生労働省が40%近くの事業場が違反 を続けているのが、それで良いと考えているなら法65条(引用者注:労働安全衛生法で作業環境測定の実施義務を定めた条項)は不要です。もしそうでないと 考えているのなら、法を守らせる、実施率を上げる努力をするべきです。
私達は、機会あるごとに特殊健康診断と同じように、作業環境測定結果に報告義務を付けていただきたいと申し上げてきました。特に難しいことではあり ません。単独の報告が無理なら、健康診断の報告書に作業環境の管理区分を記載する欄を1つ加えていただくだけでよいと思います。特殊検診の義務のある事業 場は、測定義務のある作業場を持っているはずですからね。
それをお願いするたびに、お役所の返事は「規制緩和の時代に規制を強化するようなことはできない」の一点張りですが、法を守ってきちんと測定してい る事業場にとっては、管理区分を記入することは何の負担にもなりません。負担だという事業場は法を犯して、測定をしていない事業場です。法を順守させるの は行政にとって当然でしょう〉
じつに要点をとらえた指摘である。以前から報告義務づけを求めて活動してきたことばかりでなく、負担のない実施方法まであるにもかかわらず、行政側が無視してきた実態がよくあらわれている。この記事は証拠としても提出されている。
証人尋問では国側の証人という立場もあってか言葉少なだったが、国の対応への怒りについて「常に持ってます」と語ったあたりに本音があらわれているよう感じる。
ところが証拠どころか、こうした法廷での証言すら無視され、「国の責任」は「事業者の怠慢」にすり替えられた。
この部分については判決をみる限り、これ以上具体的な説明はない。
つづく
※拙稿「「悪魔の判決」と批判される泉南アスベスト訴訟高裁判決の本当の意味【上】」『ECOJAPAN』日経BP社、2011年12月16日掲載を一部修正
著者プロフィール
井部正之 (いべ まさゆき)
1972年、東京都出身。
ゴミ問題や環境汚染、産業公害の現状を中心に取材。現在のテーマは、ダイオキ
シン問題やアスベスト公害、水俣病事件のいま、東日本大震災以後の放射能問題、
アスベスト問題など。 『ダイヤモンド・オンライン 』にて、「放射能、アスベスト、有害ゴミ、.環境汚染大国ニッポンを執筆。