北朝鮮当局は、平壌を訪れた外国人客に対し、原則的に一切の北朝鮮通貨の現金使用を認めず、実勢レートの80倍に達する「国定為替レート」での決済を強要 している。平壌を旅行した中国人旅行者が利用した「現金決済カード」(ナレカード)の明細書と証言をもとに、北朝鮮国内での外貨集めの<からく り>の一端を報告する。(ペク・チャンリョン/石丸次郎)
アジアプレスの取材に応じてくれたのは、5月に平壌を観光で訪れた中国人観光客。これまで五回の訪朝経験がある。彼は、現地観光に必要な北朝鮮ウォンの両 替を求めたところ、現金との両替は拒否され、外貨の使用か、「ナレカード」という現金決済カードへの外貨の入金を勧められたとして、次のように語った。
「食事をしたり品物を購入したり、タクシーを利用した際、すべて外貨をチャージした『ナレカード』で支払うことになった。朝鮮ウォンは一切持てな かった。外国人旅行者と同じサービスを利用する北朝鮮の人たちも『ナレカード』で支払っていた。久しぶりの平壌だったが、以前はカード決済なんてなく、え らく発展したものだと感心した」。
しかし、この中国人は「ナレカード」の<からくり>を知らなかった。彼が提供してくれた両替や決済の明細をもとに、それを解き明かしてみよう。
◇実勢レートの80倍で強制両替
まず、彼が提供してくれた「カード入金証」という外貨両替の明細から、北朝鮮当局が定めた「国定為替レート」をいくつか紹介しよう。日によって若干 の違いがあるが、1ユーロは118.1200朝鮮ウォン、1米ドルは107.620朝鮮ウォン、1円は0.8870朝鮮ウォンという記録が見える。(写真 1)
それでは、北朝鮮国内での「実勢為替レート」(市場レート)はというと、アジアプレスが北朝鮮国内の数人の取材協力者に調べてもらったところ、5月 時点で平壌をはじめ北朝鮮各地で1ドルあたり8200~9000ウォンであった。つまり、朝鮮ウォンの「国定為替レート」は、「実勢為替レート」より、な んと約80倍も高く設定されていたのである。
北朝鮮を訪れる外国人旅行者は、ほとんどの場合当局が事前に定めたコース通りにしか動けない。そして、お金を使うのも、ほとんどが実勢の80分の1 の「国定為替レート」が表示された場所である。一般の北朝鮮人が利用する市場には、物を買うことはおろか立ち入ることも徹底的に遮断される。つまり、基本 的には80分の1のレートで両替させられた「ナレカード」を使うか、外貨の現金しか使えない<からくり>になっているのだ。
次に「ナレカード」による支払い明細を見てみよう。「大同江3食堂」での支払額が3875ウォンとあるが(写真2の中央)、これは、「国定為替レート」では約36ドルである。平壌の庶民層からすれば、一食の料金としてはべらぼうな額だ。
平壌に住むアジアプレスの取材パートナーの一人は、最近の平壌市民の平均的な現金収入について次のように語った。
「もちろん平壌には、幹部や金持がたくさん住んでいるけれど、大多数は商売でなんとかその日を暮らす人たち。一家四人で月収50-100米ドルぐらいが平均ではないか。月収30米ドル程度で暮らしている貧しい家庭もいっぱいある」。
平壌で教育機関に務めていたペク・チャンリョン(11年脱北)の経験では、食べ物に我慢することなく、そこそこの暮らしをするのに「二枚」は必要だと同僚たちと言い合っていたという。「二枚」とは、2万円または200米ドルのことだ。
一方で、3875ウォンは「実勢為替レート」でいうと約0.45米ドル。この金額では市場で白米1キロも買えない。つまり、「実勢為替レート」だ と、3875ウォンでは外国人向けの食事の提供は大赤字間違いなく不可能。つまり、「国定為替レート」とは、北朝鮮の実体経済をまったく反映していない仮 想的(バーチャル)レートなのである。
慢性的な外貨不足に苦しむ北朝鮮政権は、自国民が外国人と同様の高価な特別サービスを「ナレカード」決済で受けることを妨げておらず、国内に滞留する外貨を吸い上げることと、この仮想的(バーチャル)レートを支えることが「ナレカード」の役割だと言える。
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