金正日没後の中枢部の権力争い
石丸 金正日死後の政治体制について考えをお聞きしたい。私は、現在の北朝鮮は、「金正恩の唯一指導体系」を確立するための「過渡的な集団補佐体制」の最中にあると見ています。「唯一」と「集団補佐」という矛盾した体制ですね。この中で権力争いが起きているのではないか。補佐集団の中核の人物は張成沢、崔龍海(注1)、金敬姫そして李英鎬(注2)などでしょうが、依って立つ利権組織が違う。
ご存知の通り、北朝鮮の経済は「分断」されています。炭鉱や鉱山一つとっても、あるものは軍部の所属、あるものは党などの別の組織の所属となっていて、本来ならば内閣の統一的経済政策の下で一元管理されて、発電や国内の産業に回されなければならないのに、目の前の外貨欲しさに各組織がどんどん中国へ売っている状態です。そうした中、「補佐集団」の実力者の間で「唯一の指導者・金正恩の取り合い」が始まるのではないかと見ていました。
つまり金正恩の批准=OKサインを巡る争いです。最終決済者は金正恩ですが、彼が批准さえすれば万事が通ってしまうのが北朝鮮。まだ若くて経験も実績もない金正恩を自分の傍に置いてサインするように持っていけば利権が得られる。
12年7月の李英鎬総参謀長解任を例に取ると、金正日時代の「先軍政治」の間に、軍利権の肥大化が進み、国家の経済運営がますます非正常化していた。張成沢が、軍傘下にある利権を奪うために、軍トップの李英鎬を金正恩から切り離そうとして除去した。このような私の見立てが合っているのかどうかわかりません。キムさんの見解はどうですか?
キム 私も概ね、そう見ています。幹部の間では、「張成沢と李英鎬は合わない」と言われていました。また平壌では、李英鎬の解任を、彼の運転手が麻薬の密売に関わっていたことが除去の理由でという話が出回りました。本当かどうか私には知る由もありませんが、李英鎬を悪者にするために作られた口実のようにも思える。金正日が生きていたらその程度の不祥事は、何とでもできたと思います。韓国などでは、李英鎬が改革開放の妨げになったからだと報じているようですが、私はどうもそれは違うと思う。
石丸 私も違うと思います。改革を巡る路線闘争ではなく、利権争いが基本だったのではないか。ただ、李英鎬解任のニュースがあって以降、北朝鮮の人に会うたびにこの話を振るのですが、皆さん、李英鎬自体をよく知らないんです。
キム 李英鎬が飯をくれる訳ではないですから(笑)。私が聞いている限りでは、張成沢との争いです。張成沢がおそらく崔龍海と結託して。かつて李済剛(注3)が張成沢を追い払おうとして逆にやられましたよね。車の事故で死んだということにして。今や完全に「張成沢派」ができたているんじゃないか。それから、李英鎬には崔龍海のように土台がありませんでした。崔竜海は父が崔賢、パルチザン家系です。
石丸 なるほど。キムさんの周囲では、李英鎬が解任されたとき、何か動揺、軍内の衝撃のようなものが見て取れましたか。
キム それは感じませんでしたね。権力内でも大きな影響はなかったと私は判断しています。ただ、「李英鎬は将軍様の信頼を笠に着て傲慢になった」と言う人は多かった。
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