◆熱気に満ちた投票所
2009年6月12日、初夏の日差しが降りそそぐ穏やかな朝だった。アパートの窓から外を見下ろすと、気温が上がる前の公園には、早起きの老人や、ぶかぶかの上着にジャージ姿でウォーキングに興じる女性たちの姿が目に入る。
休日の金曜日だが今日も出勤の私は、会社のピッキングタクシーが迎えに来るまでの短い時間に、散歩がてら家族で近所の投票所を見て回ることにした。第10期イラン大統領選挙の投票がこの日、全国一斉に始まったのだ。
家の近所を歩いてみると、小学校、モスク、水道局の3箇所で投票所を見かけた。内務省の発表では、有権者4600万人に対し、約4万5千箇所の投票所が設置されているという。1000人に1箇所という計算になる。
小学校では、広い校庭をぐるりと一周するほどの長い行列が出来ていた。改革派のムーサヴィー候補を支持する友人が言うには、モスクでは投票箱がすり替えられるから、小学校で投票した方がいいとか、時間がたつと文字が消えるペンが使われている可能性があるから、ペンは持参しろ、などという情報が、SMS(ショートメール)でまことしやかに出回っているという。そのせいかどうかは分からないが、小学校は確かに混んでいる。
投票を終えて出てきた初老の男性。現職のアフマディネジャード候補に投票したという。
「同じギャルムサル出身なんでね」
別の男性は、ムーサヴィー候補に入れたという。
「アフマディネジャードは駄目だ。それ以外なら、祖国を思う人間なら誰でもいい」
近所の八百屋の前を通りかかると、もう巨大な楕円形のスイカが山積みされていた。スイカが大好物の妻にせがまれ、1個買ってゆくことにした。小さな子供連れだと、こういう大きな買い物は夫婦で出かけたときでないとできないのだ。
「おじさん、甘いのね!」
この前、トラックのスイカ売りから買ったスイカが余りにもハズレだったせいか、妻は念を押すのを忘れなかった。するとなんと、スイカの並んだ荷台の下から別のおじさんが顔を出し、地下の貯蔵室に通じる小さな穴からひょいと1個のスイカを取り出してくれたのだ。
「言ってみるもんだね~、まさか地下からとはね~」
と帰途、妻は終始ご機嫌だった。息子より重そうな大きなスイカが1個500円ほどで買える。ハズレだったとき、その金額ではむろんなく、その大きさからショックも倍増するのである。でも今回は期待できそうだ。
小学校へ向かう人の流れに逆らいながら、私はスイカを、妻は息子を抱えて家に向かった。
「この人たちみんな投票に行くのかなあ。いいなあ、大統領を選べるなんて」
制度上、様々な制約があるのを承知の上でも、大統領を直接選べるというのはなんだか羨ましい。
午前中のこの人出を見ていると、前回、2005年の大統領選挙のことを思い出す。午前中の投票所などは閑散としたものだった。日が暮れて涼しくなった頃、つまり投票終了予定時刻の夕方6時を過ぎてから、人々は夕涼みがてら投票に出かけていた。終了時間は1時間また1時間と延長され、結局、投票は夜中の11時までおよんだ。それが今回はどうしたことだろう。
午前中から長蛇の列で、あのときの夕方のように、投票所へそぞろ歩く家族連れの姿が見られる。それだけ今回の選挙に期待をかけている人が多いということだ。投票率がどこまで伸びるのか楽しみである。
この日、午前中に出勤した私は、ひと仕事終えた昼休みに、放送局敷地内にあるモスク、マスジェデ・バラールにも行ってみた。
外の日差しが嘘のように、モスクの内部は暗くひんやりとしていた。昼休みということもあり、投票所には放送局職員らが投票に訪れていたが、長い行列が出来ているほどではない。
イランでは、投票用紙の番号から、調べようと思えば誰が誰に投票したのか全部分かるという。国営放送職員としては、大統領選挙で誰に投票したかは今後の出世に関わる非常にデリケートな問題だ。もし隠れ改革派の職員であれば、保守派の牙城のひとつである機関の一員として、あえて職場で投票するという危険はおかすまいというのが本音ではなかろうか。
投票箱のそばでは、司法府、護憲評議会、各候補者の選挙本部のそれぞれから派遣された監視員が控えている。
投票用紙の記入場所には、候補者4名の名前が張り出されている。現職のマフムード・アフマディネジャード大統領、革命防衛隊の元総司令官モフセン・レザーイー、元国会議長で国民信頼党党首メフディー・キャッルービー、イランイラク戦争時代に首相を務めたミールホセイン・ムーサヴィー。このうちの1人の名前を書いて投票するのだ。
選挙は実質、アフマディネジャード候補とムーサヴィー候補の保革一騎打ちと言われている。いずれの候補もこの投票では過半数の票を獲得できず、来週の決戦投票にもつれ込むだろうというのが大方の予想だ。そうなると当然、無関心層や浮動票は、現職ではなく、自由と変化を求める改革派候補ムサーヴィーに流れることに流れることになるだろう。
帰宅し、テレビをつけると、ニュースチャンネルでは今日一日の各地の投票所の賑わいを伝えていた。
これまでの選挙運動の盛り上がりと、今朝の投票所の盛況さから、高い投票率を予想していた私には、何の不安もなかった。明日の午前中には予想通りの開票結果が明らかになるだろうと思いながら、予想したほどではなかったスイカを妻と腹いっぱい食べ、床についたのだった。