石綿被害について国は責任回避のために嘘と隠ぺいの主張を繰り返してきたが、2014年10月、大阪・泉南地域のアスベスト被害者やその家族らが国を訴え た「泉南アスベスト国賠訴訟」で、最高裁は国の責任を断罪して終結した。日本における「アスベスト被害の原点」とされるこの訴訟を改めて振り返るととも に、残された問題について考察する。第10回は「悪魔の判決」と批判された2011年8月の大阪高裁判決(第1陣)の特異性をさらに掘り下げる。(井部正 之)
◆ 中心的争点でも特異な判断
「結局、局排(局所排気装置=アスベスト粉じんなど有害粉じんを排除し、労働者の曝露量を減らすための設備)で勝ったんだから、そこをひっくり返されたら負ける。そういう危うさはあった」
と判決について語る関係者もいた。
これまで紹介した、地裁判決で認められ、高裁では否定された以下の3つの争点、
(1)1960年制定のじん肺法で国が局所排気装置の設置を義務づけなかった
(2)1972年の特定化学物質障害予防規則(特化則)制定時に事業場でのアスベスト粉じんの測定で報告・改善義務を設けなかった
(3)国が国民に対して情報提供を怠った
以上のうち、(1)に関する証言だ。同時に(1)の重要性を示す指摘である。
泉南アスベスト訴訟において、中心的な争点である(1)は、これまでに述べてきたように1960年のじん肺法制定時における局所排気装置の設置を義務づけなかったことの違法性をめぐる議論である。
大阪高裁判決(第1陣)が採用した認定事実によれば、1955~56年に労働省が局所排気装置の試験研究を実施しており、その成果を「昭和31年資 料」としてまとめた。同省は1958年の通達でこの資料を参考にアスベストを取り扱う事業場に局所排気装置の設置を指導するようになった。
つまり、同装置の設置が可能だと国が判断したからこそ、こうした資料を公表し、それに基づいて設置の指導をした、と解釈するのが当然だろう。
ここからがこの高裁判決の特異性なのだが、判決によれば、そうした理解は間違っているのだという。
〈昭和31年資料は、局所排気装置を設置するにあたって考慮すべき基本的な考え方(設計上の基本事項)を抽象的かつ理論的に説明したものにとどま り、実際に局所排気装置を設置する一般の技術者が理解するには困難な部分が多く、直ちに局所排気装置の製作、設置を実務的に可能とするものではなかった〉
その困難さについては以下のように説明する。
〈局所排気を効果的に行うには、粉じんの種類、発生態様等の特徴等をもとに、個々の作業現場によって異なる作業実態に合わせてそれぞれに適合する局 所排気装置の設計及び製作を要するものであり、既製品をもって対応することが困難であって、局所排気装置を有効に機能させるには、それぞれの作業現場にお ける試行錯誤及び創意工夫に委ねざるを得ないものであった〉
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