◆マスク設置率データで水増し

さらに事業所における防じんマスクの設置状況についても恣意的なデータが使われていたと原告側弁護団から聞かされた。

高裁判決はマスクの着用で被害を相当防止できたはずと判断した。

また事業所における防じんマスクの備え付けについては、行政指導で一定の成果をあげたと国を評価し、1960年のじん肺法制定時に局所排気装置の設置義務づけをしなかったことを免罪する理由としている。

高裁判決にはこうある。

〈局所排気装置の普及があまり進んでいない時期にあっても、各作業場において少なくとも国家検定に合格した防じんマスクを適切に使用されていたとす れば、石綿粉じんの吸入をかなりの割合で防止することができ、現在発生している石綿粉じんによる健康被害についても相当程度減少させることができた〉

じつはそもそもこの判断が間違っている。防じんマスクの着用は粉じん対策としてはあくまで補助的あるいは二次的なものであることは常識だ。だからこ そ局所排気装置といった除じん設備の導入により、労働環境そのものを改善する措置が進められたのである。これについては前出・沼野氏も前掲のインタビュー 記事で同様の考えを述べている。

判断そのものが根本的に間違っている以上論じる価値はないのだが、行政指導が成果をあげた根拠となっているので以下に述べる。

それは1967年と1971年に大阪管区内の石綿製造事業所でマスクの設置状況を調べたものだ。

1971年の調査結果には〈保護マスク備え付け状況も大幅に向上した。(違反率50.0%→94.0%)〉と示され、これを根拠に〈職場環境向上に努力の結果、局排、保ごマスク設置状況はかなり向上した〉とある。

ところが、これは「行政による数字の操作」なのだという。

というのも、1967年調査では対象が国の検定制度に合格した防じんマスクのみとしていたのに対し、1971年調査ではマスクの種類を限定せずガーゼマスクまで対象にしていた。

いわばデータの水増しをしていたのである。

実際には、国の検定を満たす防じんマスクのみで集計すると101事業所のうち、わずか27事業所(26.7%)へと激減する。4分の1程度の事業所にしか防じんマスクは備え付けられていなかったことになる。

防じんマスクの国家検定制度が開始されてから20年以上が経過し、その間二度にわたってマスクの規格が改定されていてもこのありさまである。

しかもこれは事業所における「備え付け」に限った話であり、実際に着用していたかは別問題である。

最高裁に提出された原告側準備書面によれば、同じ資料の中で〈保ごマスクは備付けだけで保守管理不良の事業場が多く、これまた実効の大幅向上という ところまではゆかないことがあり、今後は、正しい技術指導と保守管理の徹底につき十分な指導を必要とする〉と明かされているという。

それほど現実には防じんマスクの設置率も着用率も悪かったのである。
つづく【井部正之】

※拙稿「「悪魔の判決」と批判される泉南アスベスト訴訟高裁判決の本当の意味【下】」『ECOJAPAN』日経BP社、2011年12月19日掲載を一部修正

<大阪・泉南アスベスト訴訟を振り返る>一覧

★新着記事