首相は政治の最高権力者である。もっともウォッチすべき相手と会食しながら、何が話されたのかは読者には説明されていない。改めて述べるまでもな く、安倍政権のメディアへの介入、恫喝は日常的なものとなり、政権に批判的なメディアやジャーナリストに対しては、異常なほどの執念で攻撃を加えている。 本来、このような状況下にあっては、メディは一致団結して、政府からの介入を拒否すべきであり、政権首脳との一線を明確に示しておかねばならない。現実の メディアの対応はまったく逆である。メディア内部からこのような状況を疑問視する声もほとんど聞こえてこない。これこそ、きわめて異常な事態である。
「政府が右ということを左というわけにはいかない」と発言した籾井勝人NHK会長を引き合いに出すまでもなく、メディアへの不信感は高まるばかりで ある。NHKが手本とする英BBCなどは、政治家と一杯のお茶を飲むだけでも、細心の注意を払うという。局の幹部と政治家との癒着を疑われるだけで、公共 放送であるBBCへの信頼は失墜してしまう。
その意味からも日本のメディア企業の経営者や編集幹部の倫理観はもはや狂っているとしか、言いようがない。ジャーナリズムのグローバルスタンダードから、大きく逸脱している。
「政治家の懐に飛び込む」というような旧来の政治部記者感覚は、読者、視聴者の不信感を生み出すだけであり、百害をもたらす。いま政治取材のあり方 や政治への距離のとり方を謙虚に反省せねば、人びとのメディア離れは決定的なものとなり、マスメディアの凋落は避けようがない。自らそのような事態を招い ていることを恥ずべきである。
ここ数年、権力への批判精神を失ったメディアの萎縮、後退ぶりには、怒りすら覚える。権力チェックや政府の横暴の歯止め役を放棄していいのか。このままズルズルと安保法制の制定や憲法改正へ流れていいのか。
殊にNHKなどを見ているとその批判精神の欠如に言葉を失う。例えば、安倍首相訪米を伝える「ニュースウォッチ9」(4月28日)の冒頭、ワシントンからのキャスターはこう切り出している。
「......太平洋戦争の終結から70年、アジア太平洋地域の安定と繁栄を支えてきた日米同盟は、新たな一歩を踏み出そうとしています」
キャスターはほんとうにこう思っているのだろうか。「日米同盟」はほんとうにアジア太平洋地域の安定と繁栄を支えてきたと言えるのか。
同じ番組の中で同行取材の政治部記者は、「戦後、日米が重んじてきた自由、民主主義、法の支配といった価値観を尊重する秩序を維持していきた い......」「安全保障法制や新ガイドラインは日米の防衛協力を、アジアばかりではなく、地球規模に拡大し、世界の平和や安定に日米が協力をして立ち 向かっていくということを目指しています」と述べ、ワシントン特派員も「アメリカだけが世界の警察官役を務めるのではなく(中略)、アジア太平洋では日本 を中核に位置づけまして、より大きな責任をグローバルに担ってもらう......」と日米首脳会談の意図を解説している。
番組の中では新ガイドラインを地球規模まで拡大しようとしている安倍政権に対する懸念や批判的なコメントはまったく出てこない。政府の意図をそのまま代弁、説明しているだけで、これでは100%国営放送である。
【野中章弘】
※初出:『月刊ジャーナリズム』(朝日新聞社)2015年6月号