「食卓塗色」と書かれた紙を持って市場に立つ女性(左)。技術労働の求職だ。(2007年8月平壌(ピョンヤン)市楽浪(ランラン)市場 リ・ジュン撮影)
「食卓塗色」と書かれた紙を持って市場に立つ女性(左)。技術労働の求職だ。(2007年8月平壌(ピョンヤン)市楽浪(ランラン)市場 リ・ジュン撮影)

◇自由労働者の出現
80年代に入ってからの北朝鮮の経済停滞は、人民生活においては、まず配給の質的量的劣化として現れた。安く供給されていた石鹸、歯ブラシ、衣類、下着、食器、チリ紙、副食物、菓子、学用品などの生活必需品が、配給を担う国営商店からどんどん姿を消していった。住宅供給が足りず、数家族がひとつ屋根の下に暮らすという光景はありふれたものであった。

そして90年代半ばの「苦難の行軍」期には、ついに食糧配給までも止まってしまう。代わって闇の市場経済が台頭したことは、アジアプレスが何度も指摘してきた通りだ。
衣食住を自力で解決しなければならなくなった民衆は、職場を離脱して市場に出た。それは従来、厳しい処罰の対象であったが、大量の餓死者が発生するに及んで、当局も黙認するしかなくなった。「食わせてやるから言うとおりにせよ」という配給―動員労働制度が成り立たなくなったのだ。

その結果登場したのが、労働市場であり、そこで働く自由労働者の姿であった。その仕事について具体的に見て行こう。(続く)

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