イランでいま、日本のテレビアニメ『アルスラーン戦記』が若者たちのあいだでひそかな人気となっている。田中芳樹氏原作のファンタジー小説をもとにした作 品で、舞台は古代イランを想定したパルス王国。敗軍の将となり、国を負われた14才の無力な王太子アルスラーンが、仲間とともに数々の死地を乗り越え、敵 国ルシタニアによって陥落した王都エクバターナの奪還を目指す壮大な物語だ。土地、人名、その他の多くの用語にイランの言葉であるペルシャ語が盛り込ま れ、いにしえの英雄叙事詩を彷彿とさせる。(大村一朗)
◆描かれることのない古代史
日本のアニメは、たちまちのうちに各国の言語に翻訳され、動画サイトにアップロードされることが知られているが、イランのアニメ動画サイトにもペル シャ語字幕がつけられた作品がいくつも並ぶ。翻訳はアニメファンの「有志」たちによるものだが、そこに著作権という言葉はないようだ。
イランで人気のアニメサイトを覗いてみると、『アルスラーン戦記』のコメント欄には850件を超える書き込みが寄せられている。その大半は、アニメ を楽しみ、気に入ったという内容で、「日本人よ、イランの歴史を描いてくれてありがとう」、「自国の歴史と文化に誇りを持てた」というものだ。
一方で、この作品がイラン人の民族意識を非常にくすぐる内容でありながら、イスラム体制下では決しておおやけに描かれることのないイスラム史以前を想定し た物語であり、それを外国人によって描かれたことへの複雑な心情、ひいては自国の映画やアニメ制作の現状に対する不満も垣間見える。
「イランはイスラムゆえにアラブ人たちの歴史の映画ばかり作ってきた。日本人はイランの歴史を哀れんでこんなアニメを作ったのさ。世界は少しずつ我々の文化や古代の物語のことを理解しているんだよ」
「わが国には誇るべき栄華、たくさんの物語がありながら、それに見合う映画やドラマが自国で作られてこなかった。宗教的な映画やドラマはいくつも あったけど、その舞台や主人公は必ずしもイラン人ではなかった。300年ほどしか歴史がないアメリカのような国でさえ、自国の歴史の映画やドラマを作って いるばかりか、イランの歴史を勝手な解釈で映画にして貶めようとようとする。例えば『プリンス・オブ・ペルシア』、『スリーハンドレッド』、『アレクサン ダー』などは不愉快だ」
「こんなアニメを広めるべきじゃない。無知な人間は信じてしまうかもしれない。国は我々自身の歴史についてアニメーションを制作することを考えるべきだった。そうすれば他人が好きなように我々の歴史を描いて提示することもなかったのに」
「このアニメをくだらないと言っている人たちは、なぜ自分たちでもっといいものを作らないの?これはとてもよいアニメよ。気に入らないなら見なきゃいい」
「そんなにイランのアニメーターを責めないでくれ。僕はアニメーションを学ぶ学生だけど、わが国のアニメーターには多くの困難があって、学べる場も 媒体も限られている。問題はアニメーターの不在ではない。ディズニーで栄誉を手にしたラスーレ・アーザーダーニーのようなイラン人もいる。『アラジン』、 『ヘラクレス』、『ラマになった王様』なども彼に負うところが大きい」