かつては、脳にこのような損傷を負った兵士が生き残る可能性は低かった。MTBIは、意識消失、精神錯乱、負傷した時間前後の記憶喪失や神経心理学 上の問題を起こすことが判っているMTBIは、薬物使用、抑うつと不安につながり、PTSDを発症するリスクを高める。多くの場合、ひとつの経験から両方 を発症する(26)。
PTSDの要因となるのは、自らの生命が脅かされると感じる体験や負傷、仲間が苦しんでいるのを目撃すること、人を殺傷する経験などである。直接的・間接的な殺人の経験は、対人関係の問題を引き起こすもっとも重要な要因である。
人を殺害することは、戦闘に遭遇する経験とは異なり、自分の行ないへの深刻な恥や罪の意識の要因となる(27)。とくに子どもに対する暴力行使、捕 虜や非戦闘員への虐待などは、その行為者自身が激しい自己嫌悪に陥り、信頼や肯定的な関係をもつ能力に障害が生じることがある(28)。
【以下注】
(21) 戦闘による兵士の直接的、長期的な精神的被害については、市川ひろみ『兵役拒否の思想―市民的不服従の理念と展開』(明石書店、2007年)、46―55頁参照。
(22) C・R・フィグレー編『ベトナム戦争神経症』(辰沼利彦監訳、岩崎学術出版、1984年)ほか。
(23) たとえば、Karen J. Reivich, Martin E. P. Seligman, and Sharon McBride, "Master Resilience Training in the U. S. Army," American Psychologist, vol. 66, no. 1 (January 2011), pp. 25-34.
(24) Stephen T. Mernoff and Stephen Correia, "Military Blast Injury in Iraq and Afghanistan: The Veterans Health Administration's Polytrauma System of Care," Medicine & Health, vol. 93, no. 1 (January 2010), p. 16.
(25) 兵士が戦闘に関連する負傷で死亡する割合は、第二次世界大戦では、1.65人に1人、ヴェトナム戦争では2.6人に1人、アフガニスタン戦争では4.4人に1人、イラク戦争では7.3人に1人にまで減少している。Leland, and Oboroceanu, American War and Military Operations Casualties, p. 9.
(26) Karyn Dayle Jones Tabitha Young, and Monica Leppma, "Mild Traumatic Brain Injury and Posttraumatic Stress Disorder Assessment and Diagnosis," Journal of Counseling & Development, vol. 88 (Summer 2010), p. 372.
(27) 2797名のイラク帰還兵を対象として2005年11月から06年6月に行なわれたアメリカ軍医療施設における派遣後スクリーニング調査によるデータにもとづく。Shira Maguen, Barbara A. Lucenko, Mark A. Reger, Gregory A. Gahm, Brett T. Litz, Karen H. Seal, Sara J. Knight, and Charles R. Marmar, "The Impact of Reported Direct and Indirect Killing on Mental Health Symptoms in Iraq War Veterans," Journal of Traumatic Stress, vol. 23, no. 1 (February 2010), pp. 88-90.
(28) Robert Rosenheck and Alan Fontana, "Transgenerational Effects of Abusive Violence on the Children of Vietnam Combat Veterans," Journal of Traumatic Stress, vol. 11, no. 4 (1998), p. 732.