アフガニスタン、イラクの「対テロ戦争」に派兵された少なくない米兵たちに、離婚や虐待の問題が持ち上がる。帰還兵の親が戦地でのトラウマに苦しむ姿を見て、子どもも二次的トラウマに苦しむこともあるという。京都女子大の市川ひろみ教授の寄稿の6回目。(整理/石丸次郎)
家族が負う困難
「対テロ戦争」は、イラクやアフガニスタンの人々を傷つけるだけでなく、アメリカの家族をも引き裂いた。家族が派兵されることによる別離は、日常生活に大 きな変化を引き起こす。とりわけ子どもや、心身に障害があるなど特別なケアを必要とする家族にとっては、大きな負荷となる。
配偶者がイラク戦争に派遣された夫婦のうち20パーセントが、2年以内に離婚しているという調査結果がある。このような事態に対して、アメリカ軍 は、イラクから帰還する部隊を対象に「婚姻関係強化(marriage enrichment)」セミナーを開催し、急増する離婚を食い止めようとしている(37)。しかし、たとえ婚姻関係を維持できたとしても家族はさまざま な問題に直面する(38)。
戦闘地域に派遣された配偶者をもつ人のストレスは、子どもを虐待することにもつながる。2001年9月から04年12月の期間に少なくとも1回、戦闘地域に派遣されたアメリカ軍兵士がいる1777の家族を対象とした調査によると、1858人の親が子どもを虐待していた。
調査期間中に1回でも虐待があった家族の場合、派遣されていない期間と比べて派遣期間中は虐待の割合は42パーセント増加した(39)。配偶者が軍 人・兵士ではない女性の場合には、子どもへの虐待は三倍に増加する。虐待のうちもっともよく見られるのは育児放棄(ネグレクト)で、その割合は4倍、身体 的虐待の割合は2倍に増加した。
子どもにとって、家族と引き離されないことはきわめて重要である。女性兵士の38パーセント、男性兵士の41パーセントには子どもがおり、その子どもの40パーセントは5歳未満である。200万人以上の子どもが親の派兵によって直接の影響を受けている(40)。
子どもにとって、自分を守り育ててくれる親がそばにいないことの不安は大きい。職業軍人家庭のように、親の不在が日常生活に組み込まれている場合で も、子どもたち、とりわけ幼い子どもにとって親が派遣されることは、大きな環境の変化であり、泣き止まないなど不安定な精神状態になる。家庭での教育方法 も親の不在によって変化を迫られる(41)。
学齢に達しないような幼い子どもは、親が家からいなくなることについて、自分が原因だと感じてしまう。しつけの難しい年頃の子どもがいる場合には、さらに深刻な問題である。思春期の子どもには、心身の発達途上にともなう不確実性に加えて親の派兵は不安定さを増す(42)。
軍人・兵士を親にもつ子どもへの調査によると、派兵されている親をもつ子どもは、ストレスに対応する方法として「誰かと喧嘩する」、「つめを噛む」、「白昼夢にふける」などを挙げ、もっともよい方法として、「誰かと喧嘩する」、「どなる、叫ぶ」と答えている。
同様の質問に、親が予備役で、派兵されていない子どもは、「それ(ストレス)について何かをする」と答えており、「リラックスするよう努める」ことがよい方法だとしている。
「戦争が起こったら家族に何が起こるか」という質問には、一般家庭の子どもたちに比べて多くの軍人・兵士の子どもが、親(1人あるいは両親)が戦争 に行き、死んでしまうと考えており、不安・恐怖を感じている(43)。両親がともに派遣されてしまい、一度に両親から引き離された子どもたちもあった。
アメリカ国防総省によると、一人親兵士の数は、湾岸戦争時であった1992年の4万7685人から2003年には9万人へと、ほぼ倍増している。