工場では上部からいつ「検閲」が入ってもいいように、内容は嘘ばかりでも、書類上きちんとしておく習慣があったのだ。駆け出しの記者は、初級党秘書に、企業所で定期的に行われる会議についていちいち聞いて回るのだろうが、私はそんなまどろっこしいことはしなかった。
初級党秘書に対し、作業日誌と作業計画書を露骨に要求するのである。そもそも、工場運営について、初級党秘書も答えようがない。
工場の稼動は止まり、労働者は出勤しないのに、取材をしても嫌がらせにしかならないだろう。日誌の提出を求める記者を、初級党秘書は「こいつは場数を踏んできた」と思ったに違いない。
書類が手に入れば、秘書に聞くことは何も無い。内容を写せば記事になる。そして次に、書類に書かれている特別な生産対象や労働者個人を取材すれば完了となる。
この一連の過程を、私は誰から教えられることなく、わずか1年のあいだに体得したのだが、後日、ベテラン記者たちが同じ方法で取材していることを知り、驚いた記憶がある。こうしたルール違反の取材は私だけの専売特許だと思っていたからだ。
記者たちの俗語に、「基本取材」と「真の取材」というものがあった。「基本取材」とは、決まった形式の放送原稿を作るために資料を得ることである。「うその取材」とも呼ばれていた。
一方、「真の取材」とは、取材対象と食事をし、酒を飲むことから始まる。朝鮮では全ての情報がベールに包まれていると言っても過言ではなく、工場の生産量やその品質はもちろん、軍部隊に関することなどは全て機密扱いとなる。
例えば靴工場の場合、明らかになるのは国家計画の何%を達成したかというあいまいな表現だけで、何足を生産したのかという生産量は明かされない。
しかし、酒席を共にする幹部たちの口からは、何%が何足を意味するのか、工場の稼動状況がいかにひどいのかが、すらすらと出てくるのだ。これがいわゆる「真の取材」そして「使える取材」なのである。(続く)
注
4 初級党秘書は、党員が150人以上1000人以下の工場・企業所などで党員を指導する。秘書(書記)は、党員が10~20人の場合は「細胞秘書」、150人未満の場合は「部分党秘書」、1000人以上の場合は「責任秘書」とそれぞれ呼ばれる。
※当記事は、『北朝鮮内部からの通信「リムジンガン」第7号』に掲載されています。