対立する二つの権力
朝鮮のスポーツ界には、二つの体育委員会が君臨している。国家体育指導委員会と人民武力部体育委員会だ。
指導委員会は2012年11月に新設されたもので、委員長には金正恩第一書記の叔父である張成沢(チャン・ソンテク)国防副委員長が任命された。
朝鮮において、体育部門を司る最高機関は「体育省」や「国家体育委員会」など変遷・改称を繰り返してきたが、ここへ来て国家の実質的なナンバー2とも言われる人物がそのトップに立ったことは、体制の体育重視の表れとして注目に値する。
一方、人民武力部の委員会は、軍部の一部局に過ぎない。にもかかわらず、選手選抜の優先権や国家代表選抜への影響力をめぐり、二つの機関は絶えず争ってきた。
過去には、こうした非効率この上ない状況を解消しようと、「大物」が奮闘した時期もあった。その大物とは、朝鮮五輪委員会委員長や体育相を歴任し、 金正日から非常に目をかけられていた朴明哲(パク・ミョン・チョル)だ。彼は体育部門で持ち上がる問題について金正日に直言し、様々な形で支援を引き出し た。
しかし結果的に、朴明哲の力をもってしても朝鮮の体育行政機関の統合は成らなかった。原因は金正日の先軍政治にある。これによって軍部の発言力がますます強まり、抑えがきかなくなったためだ。
ちなみに、軍部における体育部門の統帥権者は、崔富日(チェ・ ブ イル)前第一副総参謀長だった。彼もまた、朴明哲に劣らず金正日が厚い信任を寄せた人物である。
なお、私が朝鮮で活動していた当時、体育部門の最高行政機関は体育省だった。よって本稿でも、その名称を使用することとする。
※整理者注 朴明哲氏の妻・金英淑(キム・ヨンスク)氏の父は、日本でプロレスラーとして活躍した力道山(本名=金信洛(キム・ シンラク)。朴氏は2009年、国防委員会の参事に就任したと報道された。
また、彼の二人の妹も副首相、朝鮮労働党軽工業部副部長の要職にあるとされる。党軽工業部の部長は、金総書記の実妹である金慶喜(キム・ギョンヒ)氏だ。
一方、崔富日前第一副総参謀長は2013年2月から、日本の警察庁長官に相当する人民保安部長の地位にあることが朝鮮労働党機関紙「労働新聞」(4月1日付)の報道で確認されている。
※本稿は、「北朝鮮内部からの通信・リムジンガン」第7号の記事に加筆修正したものです。北朝鮮スポーツ関連の詳しい内容は「リムジンガン」7号をご覧ください。(続く)