◆「南朝鮮、米国チームには無条件で勝て」
国家は国際試合に対し、大きな政治的意味を付与している。相手が、敵対する国のチームである場合はなおさらだ。

金正日は「南朝鮮と米国をはじめとするチームとの試合は無条件に勝たなければなりません」と語っており、とにかく勝つことが至上命題となるのである。

これが選手たちへの巨大な心理的重圧となり、実力の発揮を妨げているのは言うまでもない。試合に勝てた場合には、政治的にも物質的にも大きなインセンティブが与えられる。

しかしひどい負け方でもしようものなら、徹底した思想闘争や無報酬労働などの制裁が続き、職場から追放されることさえあり得るのだ。経験の乏しい若手の中にはプレッシャーに耐えかね、失禁してしまう者さえいる。

国家が必勝を期した大会の一つに、2006年サッカーW杯ドイツ大会の予選があった。05年3月30日、アジア最終予選の対イラン戦が平壌で行われたときのことだ。

私もスタジアムで観戦したのだが、開始前に体育省の幹部から聞いたところでは、金正日がこの試合について繰り返し言及しているとのことだった。

金正日は試合前日にも体育省の幹部に対し、国内で行われる試合であり、本大会進出のかかった大事な勝負であるだけに「無条件で勝て」と指示したという。

※整理者注 06年サッカーW杯のアジア最終予選(リーグ戦)において、北朝鮮代表チームは日本などとともに「グループB」に組みこまれた。第一、第二試合で連敗を喫し、グループ最下位からの脱出を期して臨んだのがイランとのホームゲームだった。

件の幹部によると、金正日は内々に、この試合のために北朝鮮を訪問する審判や大会役員たちとの「事業」に力を入れよ、との「お言葉」まで発していたという。

それを受け、第三国において大会役員らに賄賂をつかませる作戦が展開されたというが、その結果については知らないとのことだった。

当時、私はサッカーの専門家たちから、朝鮮が本大会に勝ち上がる可能性について様々な分析を聞いていた。彼らの評価は「イランとまともに戦えば、わが国のチームが勝てる確率は少ない。ホームの利点をフル活用して、まぐれが重なればどうにかなる」というものだった。

また試合当日には、体育相(朴明哲だったと記憶している)が選手控室に突然現われ、「今回の試合だけは何が何でも勝て。勝てば全員一万ドルずつやろう。勝てなくても引き分けに持ち込め。カネは持ってきている」と言いながら、現金の詰まったカバンを見せたという。

その試合で勝って選手たちがカネを受け取ったならば、朝鮮サッカーの国際試合史上、最高額の賞金になったはずだ。しかし結局、チームは負け、選手たちは大金をつかみそこねた。

ちなみに試合結果については、金正日はとくに何の言葉も発しなかったものと承知している。

※整理者注 北朝鮮代表チームは06年サッカーW杯のアジア最終予選において、バーレーンに対して一勝を挙げるに止まり、本大会進出に失敗した。 (続く)

本稿は、「北朝鮮内部からの通信・リムジンガン」第7号の記事に加筆修正したものです。北朝鮮スポーツ関連の詳しい内容は「リムジンガン」7号をご覧ください。

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