政治学習は基本的に土曜日に行われることから、「土曜学習」とも呼ばれていた。生活総和の後、午後二時ごろに始まって五時~六時ごろまで行われる。
内容は、金日成や金正日が書いたとされる各種の書籍や文献、彼らの「お言葉」、当局が掲げている政治スローガンの趣旨、国内外の政治経済情勢などについてだった。
中でも、最高指導者を偶像化・神格化する内容が柱になっており、国際情勢については自国に有利な解釈を加えた、歪曲された話が多かった。
政治学習で問題だったのは、内容が退屈きわまりないことだった。講師の話を、最後までまともに聞いている人間などいない。
聞けば聞くほど睡魔に襲われ、居眠りしている人がほとんどだった。ただし、居眠りも適当にやらなければ、後でたいへんなことになりかねなかった。
政治学習の実態を問題視した当局があるときから、居眠りを取り締まるための党指導員や担当者を配置したのだ。
彼らは会場の最後列に陣取り、居眠りや私語のひどい人々の名前をチェックし、職場の党委員会に報告した。そういう失点が重なると、やっかいな「思想闘争」の標的にされてしまうのだった。
「思想闘争」という茶番
「思想闘争」とは、過ち(とみなされる行為)を犯した人間を集中的に批判する会議のことで、当該組織(職場)の人員すべてが参加して行われる。
私の職場の場合は500人前後の職員が、一人の同僚を取り囲む形で行われていた。その時間は、過ちの大きさや本人の態度によって異なり、数時間で済む場合もあれば、数日に渡ることもあった。
その目的は、集団で強力な批判を行うことで、その人が犯した過ちの根本的原因と欠陥を完全に取り除き、政治的・思想的に健全な(つまり最高指導者を心から崇拝する)人間に生まれ変わらせようというものだ。
たしかに思想闘争は、人を変化させる力を持っているかもしれない。しかし決して、国家の望むような「政治的、思想的に健全な」人間に生まれ変わるわけではない。
思想闘争を経験した多くの人は、再びこのとんでもない儀式の犠牲者にならぬよう、自分の失敗を隠ぺいする〝達人〟に生まれ変わるのである。
そもそも、思想闘争も本質的には「茶番」に過ぎない。会議ではまず、過ちを犯した人間が演壇に上がり、自分が過ちを犯すことになった原因を述べ、二度とこのようなことはしないと決意を表明する。
それが終わると会場のあちこちで同僚が立ちあがり、相手の欠点や過ちの再発防止策について自分なりの批判討論を行う。といっても、彼らは皆、自分の意志でそうしているわけではない。
事前に上級組織から、「準備をしておくように」と指示されているのだ。また、そうした批判討論は順番も決められており、うっかり自分の番をやり過ごしてしまうと、それ自体がペナルティーの対象となる。
思想闘争の対象とされた本人は自分の反省点を述べるとき、または同僚の批判を受けるときには、努めてしおらしい態度を取らなければならない。
頭を垂れ、声には感慨を込めるのだ。そうせずにふてぶてしくつっ立っていようものなら、「大衆を愚弄している」としていっそうの批判を招くことになる。
思想闘争の会議には終了時間が設定されていない。短くて済むか、長くなるかは本人の態度しだいだ。長時間にわたり、立ったまま数えきれないほどの批判を受けていると、屈辱で目に涙がにじみ、疲労のために足元がフラついてくるものだ。
壇上に席を占めた機関責任者や党書記ら幹部がその様子を見て、「もうじゅうぶん反省しただろう」と判断すれば、そこで終了となる。
長い経験からそのことを熟知している人々は、自分が思想闘争の対象にされると、涙を流しているように見せたりフラつく仕草をしたりして、会議の終了を早めようとする。
そのような要領を心得ていない者は会議終了後、「こんなくだらないことに、長時間つきあわせやがって」と、同僚たちから本物の非難を浴びせられることになるのだ。
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