震災の前日、常連客の一人が「何があっても由紀子さんは僕らが守るから」と言ってくれた。津波はそんな常連客を連れ去っていった。震災から半年後に仮設店舗で営業を再開した。背中を押してくれたのは、常連客の母親の一言だった。
「息子が来たらコーヒーを飲みに来るから始めてね」
知人らが資金や機材、CDなどを集めてくれた。全国からも支援が届いた。
だが、仮設店舗は市との契約で原則5年間。照井さんは来年3月末には出なければならない。換地で高台に土地は確保したものの、店舗を建てる資金繰りは立っていない。
かさ上げによる埋立地では地盤沈下や液状化現象が発生しやすいと言われており、戻りたいと希望する住民は少ない。そこで、市側は「宅地引き渡し後2年以内に建築契約」を高台移転の条件に加えた。さらに、埋立地での営業再開に対する補助金はあるが、高台に対してはない。
「震災でたくさんの人を失いました。得たものは助けてくれた人たちとの思い出」という照井さん。「自力が足りなくて落ち込む日々です」と言って、ため息を一つこぼした。
土色の風景が続く車窓を眺めていた佐藤さんに「どんな街に復興するのか」尋ねた。少し沈黙したあと、佐藤さんは「5年たってみても未来は描けないね」という。そして、言い聞かせるように語った。
「陸前高田の人たちにとって忘れ去られることが一番辛いこと。何年たってもこの街のことを忘れないでいてほしい」
(終わり)
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