永井弁護士が例に挙げたのはナチスドイツだ。当時、世界で最も民主的と言われたワイマール憲法下のドイツで、ナチスが合法的に独裁政権を確立することができたのは、憲法48条に国家緊急権(「大統領緊急令」)があったからだという。
「国家緊急権濫用の危険の第一は、不当な目的で使われるということです。ナチスは、反対する政治権力を弾圧するために使いました。ヒットラー内閣が合法的に成立したのは1933年1月。翌2月の国会議事堂放火事件を、対立する共産党の犯行とし、国家緊急権を使って令状なしの逮捕拘束を可能にしました。反対派を登院できない状態にして、国会の立法権を全て政府に委ねる全権委任法を強行可決して独裁を確立しました。
第二に、期間の延長です。危機が去ったあとも、いったん握った権力を離さない。全権委任法も4年間の時限立法のはずが、結局敗戦まで続きました。第三は人権の過度の制約です。共産党員や社会党員が多数逮捕され、当時、西ヨーロッパで一番大きかったドイツ共産党は消滅しました。
濫用の危険性の第四は、司法の遠慮です。裁判所は緊急時、政府の判断を尊重し、平時に比べて市民の権利保護を抑制する傾向があります。誰も政府を抑えることができなくなってしまうのです」
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