◆中国では隙だらけ 逃げないのは家族のため
筆者は、中国の瀋陽、丹東、北京、延吉で、北朝鮮の女性従業員が働く食堂を訪れたことが何度もある。食堂そのものを北朝鮮の会社が運営しているところもあれば、ホテルのバーに数人が派遣されているだけの場合もある。
延吉などでは、昼間、若い女性従業員が2~3人で連れだって買い物や公衆浴場などに出かける姿をちょくちょく目にした。もし本気で逃亡するつもりなら、いくらでも隙があるだろう。働く店から駆け出すことは物理的にはそう難しいことではない。
集団生活、集団行動を基本としているのは、逃亡防止というより、韓国人や外国人記者などとの接触、インターネットや韓国のテレビを見るなど、「自由主義」(集団主義規律からの逸脱)をさせないためだろう。
彼女たちを逃げないよう縛っていた「鉄鎖」は、目に見えない恐怖だ。逃亡の後、故国に残された家族に降り注ぐ後禍は「人生の終わり」だ。キューバのスポーツ選手が海外遠征に出た機会に亡命を図るのとはわけが違う。
この度「柳京食堂」から亡命した13人は、逃亡を決め行動するまでの短い時間、悩み苦しんだはずだ。もし自分が逃亡すれば、北朝鮮に残した家族たちが、身の毛のよだつような連座懲罰を受けることを知っているからだ。
それでも彼女たちは韓国行を決行した。その理由は、「自分が殺されるかもしれない」という恐怖だったに違いない。
次のページ:恐怖政治の副作用...