現在の北朝鮮には、大きく分けてふたつの系統の公共交通手段が存在する。ひとつは、旧来からある国営の交通手段で、長距離列車や市内のトロリーバスなどが代表格だ。そしてもうひとつは、2000年代の初頭に自然発生的に生まれた、国が直接運営しない商業的な系統の交通手段だ。近距離から遠距離まで網羅するバス網や、トラックや三輪オートバイを利用した乗り合いタクシーなどがある。
両者の置かれた現状は対照的だ。国営交通手段が、計画経済の混乱とともに無秩序の度を深めているのに対し、商業的交通手段は、市場経済の勃興と軌を一にして急速に発達している。北朝鮮の市場経済は、国家の介入を繰り返し受けながらも、絶え間なくその領域を広げており、それは交通部門にも及んでいる。
今や北朝鮮国民の経済活動は市場なしには成り立たなくなっており、同様のことが交通部門においても起きているのである。2012~13年にビデオカメラで撮影された映像をもとに、北朝鮮の交通機関の現在の姿を報告する。(取材 リ・フン/ペク・チャンリョン 訳・整理 リ・チェク)
1 国営鉄道の実態
◆部品盗難・不正・過積載が横行する鉄道
北朝鮮の国営交通手段の中で唯一、長距離輸送を担っているのが鉄道である。
北朝鮮の鉄道は90年代後半、列車の屋根の上にまで乗客が鈴なりになる時代が何年も続いた。窓ガラスが取り外され、錆び付いてボロボロの車体に人を満載し、牛の歩みのような速度で進む、そんな無残な姿は2000年以降、徐々に見られなくなっていった。
新車両を少しずつ導入するなど、北朝鮮当局なりの復旧努力もあったためでもあるが、しかし後述する通り、利便性に勝るバス網があれよあれよという間に発達し、人々がそちらを好んで利用するようになったためでもある。
とはいっても、国営の鉄道輸送体系それ自体の麻痺は今日も続いている。需要に応じて進化している商業的な交通網と比べた時、国営鉄道は著しく立ち遅れたままなのだ。
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