北朝鮮住民の栄養状態がいまだ劣悪であることは、各種統計や脱北者情報などから疑いのない事実であり、食糧援助関連の国際機関の常駐を許していることから、北朝鮮当局がそれを否定していないことも明らかである。
<北朝鮮への人道支援>記事一覧
また、北朝鮮は国民の「栄養状態だけが悪い」のではない。医療保健、衛生、飲用水、電気、通信、交通、家庭用燃料など、人々の日常生活に欠かせない最低限の生活インフラも政権は十分に供給できずにおり、多くの住民が苦痛を味わっている。国際社会も、もちろん韓国も長く支援を続けてきたが、事態は大きく改善されたとは言えない。
そもそも北朝鮮の食糧問題の核心は何なのか?また、透明性に大きく欠け、不正腐敗が蔓延している「脆弱国家」北朝鮮に対し、どのような形の援助が望ましいのか、あるいは望ましくないのかについて考察した。
2-1多様化した食糧入手方法を分類する
◆配給制度の麻痺によって分化した食糧調達
社会主義を標榜する北朝鮮において、かつて住民の栄養摂取のほぼ唯一の源泉であった食糧配給制度は、今やその機能の大半を喪失した。地域、階層、職場、組織によって、食糧入手の方法、その質と量には大きな差と多様性が生み出されているのが現状だ。
今や国民の多くが配給食糧に依存せずに、商行為や自己の労働力を売ることで現金収入を得て、市場で食糧を購入して生活する。このように、民衆の食糧へのアクセスが多様化しているにもかかわらず、国際社会の食糧援助の方法は基本的に変わっていない。
90年代後半のいわゆる「苦難の行軍」期の大社会混乱以降、莫大な人道援助が外部世界から北朝鮮にもたらされた。その基本的な考え方は「絶対量の不足を援助で補う」というものであった。つまり「必要量-絶対量=支援すべき量」という単純な「公式」から出された数値が発表されて、世界に北朝鮮への援助が呼びかけられてきたのである。
そしてこの方式は、北朝鮮の既存の配給システムを補完(ないしは復旧)しようというものであった。北朝鮮の内部で食糧援助プログラムを実施しているWFP(世界食糧計画)などの支援方法の大部分は、現在もこの考え方が踏襲されている(もちろん、乳幼児や妊婦など特定の弱者対象の計画も実行されている)。
◆食糧入手方法の分類 人々はどのようにして食糧にアクセスしているか
A「優先配給対象」
現在の北朝鮮で、かろうじて国家による食糧供給システムが保たれているのは、政権が体制維持のためにどうしても必要だと判断している最重要の組織、産業、企業、階層、地域に対してだけである。この「優先配給対象」は人口※の20%程度というのが筆者の推定である。整理しよう。
組織…軍隊、警察(保安部)、国家安全保衛部、労働党と党傘下組織の一部、行政機関など。
産業…軍需産業と基幹企業所の中の一部、例えば優良炭鉱・鉱山などで、国家が稼働させることを最重視している企業所の労働者だ(扶養家族にはほとんど配給はない)。
階層…幹部、高級インテリ
地域…平壌の住民
平壌からの脱北者ペク・チャンリョン氏らの証言によると、「100%配給が出ていても足りず商売する」というのが平壌の平均的な暮らしの現状であり、金正恩体制発足後、保衛部員、保安部員、軍の中堅以下の将校の配給は本人分しか出ておらず、家族分は各自が市場で現金で調達しているとのことだ。
国家による食糧供給の対象である軍隊に栄養失調者が蔓延している。その理由は、100万超という、国力と不釣合に人員が多くて供給絶対量が不足していることに加え、軍の上層部による横領が横行しているためである。(アジアプレス取材チームによる人民軍兵士への聞き取り 2011年、2013)
体制維持のために最重視してきたこの核心部分に対してすら、金正日時代から食糧配給をまともに出せなくなっており、「優先配給対象」の中に酷い栄養状態の者が多いのが実情だ。最たるものは軍隊、軍需産業労働者である。なまじ配給があるために、市場への接近を制限されていることがその理由である。
軍需産業労働者の多くは、安保上の秘密保持目的で、工場区域外との出入りが制限されており、市場での商売活動に統制を受ける。そのため現金を市場活動によって得る機会が少なく、貧しい食生活を強いられることになるのだ。
この「優先配給対象」の食糧確保の方法は次の通り。
i 国家や企業所・機関による配給
ii 市場で現金で購入
iii 庭や非農地などでの自家栽培(ここでいう非農地とは、個人が、役所や企業所に金を払って耕作している主に山間の傾斜地や狭い土地のこと)
B「配給途絶グループ」
食糧配給も給料も皆無、あるいはほとんど出ていない主に都市住民たちだ。多くの一般国営企業所の労働者、教員や鉄道員、病院職員など公共サービス従事者も大体ここに含まれる。家族も含め人口の40-50%程度と推定している。主に商売行為と労働力を売って現金得て市場で食糧を購入している、北朝鮮のメジャーである。食糧確保の方法は次のとおり。
i 市場で現金で購入
ii 庭・非農地などでの自家栽培
C協同農場員世帯
韓国統計庁の推定では総人口の約37%となっている(2008年)。食糧確保の方法は次の通り。 i 農場での収穫後の分配
ii 市場で現金で購入
iii 庭・非農地などでの自家栽培
iv 農場の収穫物を盗み隠匿したもの
農民は、職業的には北朝鮮社会で最下層の扱いを受けている。「優先配給対象」への食糧供給者として過剰な徴発に常にさらされ、食糧生産者でありながら食糧事情が悪い。分配とは簡単に言うと、収穫後に国家に規定分を納めた後の農民の取り分であるが、2013年まで「分配ゼロ」ということも珍しくなかったという。国家による営農資材(農機具や肥料、農薬、ビニールなど)の供給が悪く、農場員が自己負担で市場にて購入することを強要されるケース多かった。
※2014年から協同農場の運営方法に大きな変化があり、農作業を担当する「分組」の分解を柱とする「圃田担当責任制」が実施されたが、別の機会に言及したい。
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