◆経済の市場化にドナーがどう関われるかが課題
日本は北朝鮮に対し、過去、単年度に50万トンの大量コメ支援をおこなった実積があり(2001年)、日本人拉致問題の進展によっては大型の経済的見返りを供与する可能性がある(2003年に拉致被害者家族の帰国にともない12.5万トンを支援)。
振り返ると、過去の大型支援がどれだけ有用だったのか、あるいは有害だったのか、これまで全く検証がされていない。支援物資が約束通りに配分されるか、十分に監視・確認することが極めて困難であったことがその大きな理由である。
とはいえ、世界食糧計画(WFP)が支援した託児所の子供の25.4%が栄養失調で発育不良状態であるとメディアに発表したように(2016年4月)、今も北朝鮮住民の多くが栄養不足に苦しんでおり支援が必要である。また、今後大雨など自然災害の発生で被災者に緊急援助が必要になることもありうるだろうし、金正恩政権が国際社会直接支援を要請する事態が起こるかもしれない。
重要なのは、流用を最小限に留め、かつ本当に効果が望める方策を具体的に考えることである。北朝鮮への人道支援を考える時、「必要量-絶対量=支援すべき量」という「公式」は正しくないし、「北朝鮮の配給システムを補完する」やり方が、決して飢えに苦しむ北朝鮮住民に対する最善の支援方法ではないことは本稿中で指摘した。
これは、部分的にかろうじて維持されている国家による食糧配給を受けている人々が、必ずしも栄養状態が良いとは限らず、逆にまったく食糧配給を受けていないにもかかわらず、空腹と無縁に暮らしている人が大勢いるという事実からも明らかである。
前者の代表例は人民軍兵士であり、後者のそれは市場活動を活発に行っている都市住民であることは述べた。繰り返しになるが、北朝鮮の食糧問題とは、「絶対量の不足の問題ではなくアクセスの問題」なのである。
北朝鮮の食糧配給制度とは、端的に言ってしまえば、「食物をやるから言うことを聞け」という人民統制支配の道具であった。90年代前半まで、食糧を扱えるのは国家だけで、個人で売買する行為は犯罪として厳しく取り締まられていた。したがって北朝鮮国民は配給を止められると途端に飢えることになったのである。
例外は、農民による小規模販売(農民市場)と闇取引で、これが90年代飢饉の折に急拡大して市場経済に成長していった。その結果、配給システムが麻痺したままなのに飢饉は収束したのである。つまり、経済の市場化を促すことが、食糧問題の改善に大いに役立つことは実証されているわけだ。また経済の市場化は、独裁統治システムの弱体化に大きく寄与している。
これまで北朝鮮経済の市場化促進に大きな役割を果たしてきたのは中国であったが、今後、ドナー側が主体的、戦略的にどうやって北朝鮮の市場化に関与できるかが、支援の有効性を考える上で重要な研究課題となるだろう。
参考文献
○ アルマティア•セン著『貧困と飢餓』(岩波書店2000年)
○ L・デローズ、E・メッサー、S・ミルマン共編『誰が餓えているか』(清流出版、1999年)
○ 李英和著『北朝鮮の食糧危機と難民発生に関する調査報告』(関西大学経済論集、2000年)
『北韓概要』(韓国統一部、2012年)
※本稿は関西大学経済・政治研究所「セミナー年報2014」寄稿した拙稿「『脆弱国家』北朝鮮への人道支援はどうあるべきか ~役立つ支援と有害な支援~」に加筆修正したものです。
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