2015年、ボートピープルとして海に出たロヒンギャの人々が、海上で、またたどり着いたタイやマレーシアで虐待を受け、多数の死者が出たというニュースは世界に衝撃を与えた。ミャンマー、バングラデシュ両政府から「自国民ではない」とつまはじきにされた無国籍の80万のイスラム教徒の民。彼らはどこの何者なのか? そしてなぜ迫害を受け続けることになったのか? ミャンマー(ビルマ)取材23年の宇田有三氏が、現地取材と研究の成果を長期連載して報告する。(アジアプレスネットワーク編集部)
ロヒンギャとは、国籍を剥奪された、世界で最も虐げられている少数者集団である―― 国際社会ではしばしばそう評されている。国籍を持った人身売買の被害者たちや、現代の「ボートピープル」として紛争国から逃げだした避難民たちには国籍があり、国際社会から援助の手がさしのべられる。だが、無国籍となったロヒンギャたちには、国家レベルでの援助はあまり進んでいない。
ロヒンギャたちが暮らすのは、東南アジアのミャンマー(ビルマ)とバングラデシュとの国境周辺である。ミャンマーは、仏教国が多くを占める東南アジア諸国の西端に位置し、イスラームやヒンズー教が支配的な信仰であるバングラデシュやインドである南アジアと接している。
日本に暮らす多くの人にとって、ロヒンギャと呼ばれる人びとの存在は2015年5月、テレビや新聞を賑わせた難民としてのロヒンギャの姿であったであろう。欧州ではその頃、シリアを初めとするイスラーム諸国からの難民問題が改めて大きく取り上げられており、それに呼応する形で東南アジアでもムスリム(イスラーム教徒)難民であるロヒンギャに注目が集まった。
青い空を背景にした海原で、波間を漂う粗末な船の上で泣き叫ぶ避難民ロヒンギャたちの映像はショッキングであった。そのため、彼ら彼女たちを救わなければという人道的な側面を優先したニュースが流れた。しかしその際、「ロヒンギャ問題」はどのようにして起こってきたのか、その背景を的確に伝える報道は少なかった。
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