イラク北西部ハルダン村、住民虐殺の現場。ここで500人がISに殺され、衣類の下からは人骨が出てきた。(2016年3月撮影・玉本英子)
イラク北西部ハルダン村、住民虐殺の現場。ここで500人がISに殺され、衣類の下からは人骨が出てきた。(2016年3月撮影・玉本英子)
ハルダン村で小学校教師をしていたハッジさん。村の学校には43人児童がいたが、40人が行方不明という。殺害されたり、拉致されたままの子どもがいると話した。指さす先にはイスラム教徒の家があった。「彼らがISに協力して虐殺が起きた。もう信用できない」と怒りをあらわにした。(2016年3月撮影・玉本英子)
ハルダン村で小学校教師をしていたハッジさん。村の学校には43人児童がいたが、40人が行方不明という。殺害されたり、拉致されたままの子どもがいると話した。指さす先にはイスラム教徒の家があった。「彼らがISに協力して虐殺が起きた。もう信用できない」と怒りをあらわにした。(2016年3月撮影・玉本英子)

シンジャルの中心地は昨年11月、クルド部隊によって解放された。住民は帰還を望むが、近郊では今も激しい戦闘が続き、ときおり砲弾も撃ち込まれる。数万人におよぶ避難民のテント生活は困窮を極め、生活再建のめどはたっていない。

ISは村を襲撃する際、隣村のイスラム教徒に情報を求めた。どの地域がヤズディの村で、検問所はどこか。誰が有力者か、脱出を阻止するにはどの道を封鎖すればいいか。「たとえここに戻れても、昔のようには暮らせない」と、看護師だったメルザ・ハイダルさん(50)は話す。地元の病院で、宗教や民族に関係なく患者に接してきた彼だが、イスラム教徒がもう信じられなくなった、と言う。誰もが銃を突きつけられて協力を強いられた。それでもヤズディ住民には「隣人に裏切られた」という思いが渦巻いている。これまでコミュニティーで共に暮らしてきた人びとの関係も、粉々に破壊されていた。

今年6月、国連の独立調査委員会は、一連の殺りくなどの行為を「大量虐殺」と認定した。ハルダン村の近郊にはまだISが布陣し、虐殺現場の調査は進んでいない。村人たちは土のついた骨を手にとり言った。「犠牲者の墓を作ってやれないのが申し訳ない」【玉本英子】
(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」8月9日付記事を加筆修正したものです)

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