先に、ミャンマー国内には、ビルマ仏教、シャン仏教、モン仏教、ラカイン仏教があると説明しましたように、ラカインの人たちは自分たち独自で上座仏教を守ってきたという自負があるのです。外国の人にはあまり知られていない、上座仏教に対する強烈な《守護者意識》です。
Q. モン族の上座仏教が、シュエダゴン・パゴダやチャイティーヨ・パゴダ(ゴールデン・ロック)、ビルマ族の上座仏教がパガンの仏教遺跡群とすれば、ラカインの上座仏教はミャウー(ムラウー・ウー)の仏教遺跡群とマハムニ仏像でしょうか?観光ガイドブックに必ず載っている、旧都マンダレーにある有名な黄金のマハムニ仏像。あれって、ラカイン上座仏教のシンボルだったのですか?
A. そうです。独立地域であったアラカン王国は1784年ビルマ族に占領されました。その際、マハムニ仏像はマンダレーに持ち去られたのです。
Q. では、同じ上座仏教といってもビルマ族とラカイン族は、実は仲が悪かったのですか?
A. 国境線や境界線が存在する今の感覚で、仲が良い悪いという表現は適当ではないでしょう。ミャンマーの歴史では当時、それぞれの支配勢力の群雄割拠の時代だったのです。日本でも「戦国時代」っていうのがあったでしょう。今でいうラカイン州は、独立していたのです。
ミャンマーの歴史を大ざっぱに振り返ってみると、モン族(ビルマ文字やビルマ上座仏教に多大な影響を与えた)、ビルマ族、ラカイン族がそれぞれ、覇権を争った歴史でもあるのです。特にラカイン族の「アラカン王国」はアラカン山脈に隔ててられた地域でしたし、海洋国家として中東や東南アジアと広く交易を行っていた海洋国家として栄えていました。
ミャンマーには次のような言い伝えがあります。
《ヤカインとコブラにあったら、ヤカインを先に殺せ。》
ビルマの人にすればそれほどヤカイン人を怖がっていた(警戒していた)という言い伝えです。(もっとも、ここでいうヤカインは蛇の種類を指すという説もありますが、それだと逸話になりませんが)
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