職場離脱という現象に対して当局は、拘束―短期強制労働という厳しい姿勢で臨んだ。※3 北朝鮮の住民統治の要のひとつである「組織生活」が空洞化するのを恐れたのである(後述する)。しかし給料も配給もまともに出ないのであるから、市場に参加しないと暮らしていけない事情は企業所の幹部たちもわかっている。そこで一定のお金を企業所に納めた者に時間を与える運用が広がった。つまり金を払って出勤したことにしてもらうのだ。財政難に喘ぐ各企業所にとっても現金収入は貴重なので、勤労者に一定額を納めさせて代わりに時間を与えることは、双方に利益があって合理的であった。職場公認なので労働者は咎められることもない。
ところで男性は総合市場に座って商売することが禁じられている。それで、時間を得ると創意工夫して目立たぬ商売をする。様々あるのだが、例えば都市部でよく見られるのは、農村から都市に米や農産物を運ぶなど、物資の運搬や卸の仕事だ(「テゴリ」と呼ばれる)や、荷役、建設、内装工事などの私的雇用の肉体労働、自分でリアカーを買って荷物運びをする姿も多い。「糧政」の終焉によって、労働党が管理できない自由商人、自由労働者が出現したわけだ。
※2 中国との合弁企業や、国家から原材料や労賃の「自体解決」(自力解決の意)を求められて運営している工場や食堂などの企業所で、従業員に一定の食糧を支給するケースが多くみられるが、これは国家による配給制度とは似て非なる「報酬の現物支給」である。
※3 服装などの風紀違反、職場離脱など社会の規律を乱した者に対し、保安署(警察)の権限で裁判なしで6カ月間未満の強制労働に従事させる拘束施設を「労働鍛錬隊」という。
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