知的障害者が店の中でうろうろして万引きと間違われたことも一度や二度ではない。

「障害者を理解していない」と利用者の保護者は怒るが、「トラブルを避けるために、こちらも気をつけなければならない」と諭す。もめごとはたえないが、「しっぷ」に限らず、どの施設の職員も給料は高くない。

「障害者介護は精神的にもきつくてしんどい仕事です。給料を上げようにも予算はなく、待遇面も劣悪。うちの場合で、月の手取りで12万~13万円ほどです。労働に見合った給料ならば、精神的なゆとりを持てると思うのですが」

菊野さんは元教員。最初の赴任先は養護学校で、寝たきりの重度障害児を受け持った。 「教室でも表情が変わらない。反応がないので張り合いがなく、嫌で嫌でたまりませんでした。続けることができたのは人並みの給料がもらえたから。職業意識が芽生えたのはその後でした」と振り返る。

「車いすに乗せて散歩に出ると、反応がないと思っていた子が花を見て笑い、チョウを目で追ったのです。『この子は見ている』と思いました。自分自身が見えていないだけなのだと気づいたのです」

植松容疑者が「重複障害者は意思疎通ができない」と言ったとの報道に対し、菊野さんは「どんなに重度の障害者であっても交流が成り立たないということはありません。むしろ植松容疑者自身の問題です」と語気を強める。

「障害者施設の場合、介助する側とされる側がはっきりわかる仕事です。どうしても介助する側が上に立ち、される側を見下すケースが少なくありません。特に、仕事や職場関係で精神的にも肉体的にもしんどくなると、介助する側は『これだけやっているのに』とか、『助けてやっているのに、なぜ言うことを聞かないのか』という思いを持ちがちです。そんな上下関係に気づいた時は修正しなさいと、職員にも注意しています」

「しっぷ」の利用者の一人に20歳過ぎの知的障害者のある女性がいた。ある日、肌着がズボンの外からはみ出しているのを見て、女性職員がズボンの中に入れようと、利用者みんながいる前でズボンを下げて直した。

菊野さんは女性職員を呼び、「彼女を下に見て女性として見ていない」と注意した。
「あなたも同じようなことをされたらどう思うのか」  「恥ずかしいです」
「そうやろ。男性や女性として見なければあかんよ」

職員募集の面接でも「障害者の面倒をみてやる」という意識を持った人が少なくないという。
「自分も弱い存在とわかっているから、自分より弱い人を見つけようとするのです。『面倒を見てやる』と、自分の中で上下関係をつくっている。障害者を見下しているのです。そんな人間はストレスがたまると、はけ口を弱い人に向けがちです。植松容疑者も思い通りにやることが支援することだと思い違いをしていたのではないでしょうか」

菊野さん自身も両足に障害がある。小学生のときは常にのけ者扱いだった。体育や運動会は見学、遠足も行ったことがなかった。中学生になっても、「身体が悪いから」と体育の授業を休もうとしたところ、「理由にならん。体操服に着替えてこい」と言われた。次の瞬間、ぼろぼろっと涙が出たという。

「初めて一人前扱いしてくれる教師と出会ったのです」

菊野さんは「施設の支援職員はなかなか結果の出ない根気のいる仕事だ」という。同時に「孤立しやすい」とも。

菊野さんは始業時間の1時間前には出勤して、職員たちへの「視診」を行っている。「おはよう」と声をかけ、返事や態度をチェックする。

「支援職員はモノを作るのではなく、人を育てる仕事です。失敗したら利用者を傷つけることもある。うまくいかなくても孤立させないよう、相談できる人間関係の職場にできるよう心掛けています」(矢野宏/新聞うずみ火)

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