拡大して見ていただきたい。10月末までの食糧、燃料と中国元の推移表。単位は朝鮮ウォン。1中国元は約15.5円(11月1日時点)。2009年11月末に実施されたデノミ(貨幣交換)を起点に整理した。

◆実勢レートは誰が決める?

2000年代半ば頃から闇両替のレートの地域差、ばらつきが小さくなった。北朝鮮社会全般で、産業用と民生用を問わず中国製品への依存度が高まったため、外貨交換レートを知らずして市場で値付けすることもできなくなったことと、2000年頃から固定電話が普及して通信事情が格段に改善され、瞬時に全国津々浦々まで情報が届けられるようになっただめだ。近年の携帯電話の普及で情報流通は一層速くなった。

「毎朝、朝鮮貿易銀行の前にレート表が貼りだされる。待ち構えていた商売人たちがそれを全国の自分の系列の商売人に携帯電話で伝える。貿易商や全国の商売人たちは、そのレートを基に地域の特性や、独自情報を加味してその日の各通貨や金の相場を決める」
と、平壌在住の複数の取材パートナーたちは言う。といっても、実勢レートはあくまで非公式のものなので、政府が運営する「外貨交換所」(平壌市の場合は各区域にある)で、そのレートで交換してくれるわけではない

アジアプレスの脱北者の記者カン・チウォンは、2010年頃のことだとして、「清津市の外貨ブローカーたちは、平壌の元締めから連絡を受けて、毎朝10時にその日の相場を決めていた」と述べる。

商売人や貿易会社が相場を決める際に加味するという独自情報とは何か。第一に、海外で刻一刻発表される国際通貨市場、金市場の相場情報である。また、政府や大貿易会社が、中国から食糧や肥料などを短期間に大量に輸入するという情報や、石炭や鉄鉱石の輸出価格が上がったり、輸出量を増やすことになるという情報も、実勢レートを決める時に加味されるという。米ドルや中国元の需要に応じて国内の外貨レートは上下する。

制裁「2270」実施以降の食糧、燃料と中国元の推移グラフ。食糧は1キロ、油類は1リットル当たりの価格。単位は朝鮮ウォン。1中国元は約15.5円(11月1日時点)。

◆実勢外貨レートの安定

3月8日に、これまでで最強とされる制裁「2270」が発動された時、筆者は貿易依存度が9割にも及ぶ中国が忠実に制裁を履行すれば、外貨収入が減って実勢レートが悪化、インフレが発生する可能性があると予測していた。既に2月に開城工業団地は稼働を停止しており、韓国からの現金収入も止まっている。

さらに、主要外貨稼ぎ源の石炭、鉄鉱石の輸出が減れば、欧米に経済制裁を受け、原油輸出収入が減少して外貨難に陥りインフレに苦しめられたイランのような現象が現れるかもしれないと考えたのである。国内の市場の動向を探れば、少なくとも外貨収入に対する打撃について、ある程度は把握できると考えた。

ところが、制裁「2270」発動から7カ月が経った今、人民元の実勢レートの変動は上下10パーセント以内に収まり安定している。主食の白米、トウモロコシは一時乱高下したものの、制裁を受ける以前の2013-14年の最高値よりかなり安い。トウモロコシは半値以下である(白米は国内産と中国産が混在して流通、トウモロコシはほとんどが国内産である)。※注1 調査の概要

輸入品のガソリン価も大きく上昇していない。4月中旬に1リットル=9700ウォンに高騰した後、同月下旬に7000ウォンに急落、その後10月末まで7200-8500ウォンの間で動いている。ガソリンと軽油(ディーゼル油)は、軍や保安署などの公的機関や国営企業からの横流し品が市場に大量に出回っているため、不安定かつ地域差がある。北部地域の場合、咸鏡北道の茂山鉄鉱山における労働者によるガソリン、軽油の抜き取りは有名で、広範囲の市場への供給源になっている。そのため、抜き取りの取締りが厳しくなると一時的に市場価が高騰することがある。

10月末段階で、北朝鮮の国内市場において外貨難の兆候は見えないというのが、市場調査からの判断である。

◆付記

中国製の衣料品、雑貨、靴などの価格上昇については、連載の1、2回目でも報告しているが、2-4割程度上がったまま高値安定しているようだ。中国は民生品の輸出規制をしているわけではないので、別の理由で供給量が減っていると思われる。

10月中旬、吉林省長白県の取材協力者が税関関係者に会って、次のような報告を送ってきた。1、税関手続きの厳格化の指示が上部からあって、輸出申告していない物資が紛れ込むのを厳しく監視するようになつた 2、機械、部品、中古タイヤを北朝鮮に輸出していたある会社が、申告外の家電製品を紛れ込ませていたことで摘発され、罰金と輸出業務停止の処罰を受けた。

※北朝鮮制裁決議「2270」の主な内容
(1)北朝鮮への航空燃料(ロケット燃料含む)の輸出禁止(例外あり)
(2)北朝鮮からの石炭や鉱物資源の輸入禁止(例外あり)
(3)北朝鮮に出入りする貨物の検査の強化
(4)安保理決議違反が疑われる全船舶の寄港禁止
(5)金融制裁を強化
(6)渡航禁止や資産凍結の対象となる個人、組織を増やす

注1
北朝鮮内部の取材協力者による市場調査は、咸鏡北道の茂山郡、会寧市、清津市、穏城郡、セッピョル郡、羅先市、両江道の恵山市、普天郡、平壌市、平安南道、平安北道で行っているが、サンプルとして多いのは中国国境近くの都市である。調査は直接市場に行って行うのを原則とし、遠隔地の物価情報は電話で収集した。同時期に複数地点で調査することを心がけ、差が大きいサンプルは外した。アジアプレスでは、中国の携帯電話を北朝鮮国内に投入して取材パートナーたちと情報をやり取りしている。

<北朝鮮内部>経済制裁は効いているか? 記事一覧

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