◆金正恩時代に入っての帰国者

2011年12月に金正日氏が世を去り金正恩時代が始まった。この頃から「帰国一世」が脱北して来ることはほとんどなくなっている。金正恩政権が統制を強化したため中国国境への移動がきわめて難しくなったこと、「帰国一世」が高齢化したことがその理由である。現在日本には約200人の脱北した帰国者がひっそりと暮らしている。最近入国して来た人のほとんどは二世だ。最近では、二世が北朝鮮に残してきた子供たち=三世を連れ出すことに頭を悩ませている。

冒頭で韓国から電話をかけてきた帰国者男性のことに触れたが、筆者にできることなど限られていて、北朝鮮にいる家族に安否を尋ねる手紙を代筆したり、お金や荷物を代わって送ることぐらいである(韓国からは手紙も荷物も送れない)。脱北を手伝うなど不可能だ。

今気になっているのは、日本入りした帰国者たちの将来のことだ。韓国と違って定着支援制度がなく、日本語習得、進学、就職で壁にぶつかる人が多い。60歳以上の大半は生活保護を受けている。手助けする人が必要だが支援者は少なく、帰国者約150人が住む東京では、まったくケアを受けられないまま放置状態の人が多い。北朝鮮の評判の悪さ、ヘイト活動の横行などのため、ほとんどが北朝鮮から来たことを隠して生きている。

帰国事業で北朝鮮に渡った「在日」は9万3000人余り(日本人妻など日本国籍者を含む)。当時の在日人口の6・5人に一人にも及ぶ。彼/彼女らが北の祖国で送った人生も在日朝鮮人史の中に刻まれなければならないはずだが、圧倒的な高い壁に阻まれて、その生はほとんど不可視のまま闇に埋もれて伝わってこない。

帰国者が、北朝鮮でどんな思いで、どのように生き、死んでいったのか、知りたい、光を当てたいと考えて朝中国境に通ってきたが、記録をまとめるには、筆者にはまったく力不足でとん挫したままだ。

日本と韓国に逃れて来た「帰国一世」は合わせて300人程度いると推定している。この人たちの聞き取り調査を「在日」と日本人が、共同・協働のプロジェクトとしてできないものだろうか。帰国者は、半世紀あまり前、日本社会がこぞって背中を押して送り出した人たちなのだから。(了)

付記
取材した帰国者について書いた拙稿に「北のサラムたち」(インフォバーン2002年)、「北朝鮮難民」(講談社新書2002年)がある。テレビ番組としては「北朝鮮に帰ったジュナ」(NHKハイビジョンスペシャル2010年)を制作した。書籍はすでに絶版になっているが、筆者が所属するアジアプレスのウェブサイトで復刻連載を近く開始する予定だ。お読みいただければ幸いだ。ドキュメタンリー番組に関しては、ご連絡をいただければ見ていただける方法をお知らせしたい。osaka@asiapress.org

※在日総合雑誌「抗路」第二号に書いた拙稿「北朝鮮に帰った人々の匿されし生と死」に加筆修正したものです。
<北朝鮮に帰った「在日」はどのように生き、死んだのか>一覧

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