◆夫を殺された妻の悲しみ
昨年9月末、過激派組織「イスラム国(IS)」は、クルド部隊ペシュメルガ兵の「処刑」映像を公開した。後ろ手に縛られたオレンジ色の「囚人服」の男たち7人が地面に座らされ、背後には黒覆面のIS戦闘員たちが並ぶ。そして大きなナイフを喉元にあて、一斉に切りつけ、首を切り落とした。「処刑映像が出た」とのニュースはすぐにイラク北部・クルド自治区に広まった。
その数日後、私は殺害されたクルド兵の妻デーメンさん(35)の元を訪ねた。イラク北東部の山ふもとにある小さな町は産業もなく、男たちの多くが軍人になるという。やつれた顔の彼女は、か細い声で話しはじめた。部屋の片隅には、幼い4人の子どもたちが眠っていた。
夫、セルダルさん(40)はキルクーク南部の前線で任務についていた。消息が途絶えたのは2014年の9月。ある日、突然、家族の携帯に連絡が入った。夫の声だった。戦闘中に負傷し、ISに拘束されたと話した。ISがわざと家族のもとにかけさせた電話だ。「クルド治安当局が拘束しているIS戦闘員との捕虜交換を要求している。関係者に伝えてほしい」と伝えてきた。
デーメンさんと親族は、夫を助けてほしいと地元政党や部族を訪ねてまわった。だが「自治政府は交渉に応じない」と言われた。もし自分に有力者の親族がいれば、と何度も悔いた。眠れない日々が続いた。
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そして、1年がたち、処刑映像がネット上に公開された。親族が教えてくれたとき、デーメンさんは気を失い、崩れ落ちた。自分で映像を見ることはできなかった。ナイフを振りかざし、クルド自治政府に向けて「お前たちはこの捕虜の救出に動かなかった。ゆえに処刑するのだ」と話すIS戦闘員はクルド人だ。戦乱は同じ民族をも、引き裂いていた。
彼女はたんすの奥から、写真を取り出して、見せてくれた。伝統衣装を着たセルダルさんの姿だった。「夫が前線に戻る日、下の娘は生まれて20日目だった。体に気をつけて、と私に言った。それが最後になるとは思わなかった」
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