「百聞は一見にしかず」が当てはまらない、何度訪れてもその実態がほとんどわからない国が北朝鮮である。当局が、外国人訪問者の行動を徹底して規制し、自国民との接触を妨げるからだ。「訪朝者たちに見えるのは虚構だけだ」と言うつもりはない。しかし、訪れることができるのは、外国人のために準備されたわずかなエリアであり、目撃できるもののほとんどはカラクリ仕掛けを施された舞台上の風景だけ。そのことを知らずに、一見したことだけで「北朝鮮の実態」を語るのは、無邪気な主観的印象論に過ぎない。金正恩体制になってから発表された訪朝記のいくつかを紹介しながら、「平壌のカラクリ」について考えてみたい。
◆無邪気な訪朝記
まず、少し時間が過ぎたいくつかの訪朝記について言及したい。
金正日氏が死去した翌年の2012年4月15日の太陽節(金日成の生誕記念日)以降、海外、日本から数多くの学者やジャーナリスト、友好人士、観光客が北朝鮮を訪れ、その訪朝記がウェブや新聞、雑誌にいくつも発表された。
日本の著名人としては、一水会顧問の鈴木邦男氏、浅野健一同志社大学教授(当時)、国際情勢アナリストの田中宇氏、小倉紀蔵京都大学教授によるものが目に留まった。在日朝鮮青年商工会員など総連関係者による訪朝記もウェブ上で数多く見かけた。また訪朝報告会も各地で度々開かれそれが記事になっている。この年8月には「新聞・テレビが伝えなかった北朝鮮」(角川書店)という本も出版された。
2012年は、実質的に金正恩体制が発足してから間もない外国訪問団受け入れであり、訪朝が15回目だという「ベテラン」や朝鮮語を解する研究者が書いたものもあったので、私は興味津々でそれらの訪朝記に目を通したのだが、率直な読後感はといえば、「なんとも無邪気」というものであった。
その内容はと言うと、平壌のイタリア食堂はおいしかった、生ビールはいける、六本木ヒルズのような高層マンション群に驚いた、太陽節を祝う大花火大会の豪華さ、深夜まで営業している遊園地のイタリア製絶叫マシーンやローラースケートで遊ぶ子供たちの姿に感心し、「平壌の発展ぶり」や「北朝鮮は変わりつつある」との認識を綴ったものがとほとんどであった。
また、朝鮮総連の機関紙「朝鮮新報」が多くの訪朝の感想を掲載した。紹介しよう。
「経営学が専門の夫と一緒に初めて訪朝した主婦の中村さん(仮名、52)は、『それまで日本で創りあげられていた「貧困」「飢餓」などの暗いイメージが、完全にひっくり返った』」。
「前回の訪朝からこの1年の間に、街の様子にめまぐるしい変化が起こっていると感じた。地下鉄の改札にICカードが導入されたことや、平壌駅前広場に大型スクリーンが設置されたこと、並び立つパステルカラーの高層マンション、バスの停留所に夜間照明が点灯されたことなど、目に見えて変貌を遂げていた。とくに寒色系の白い光を放つ夜間の街灯は、よく見ると小さなランプの集合体だった。おそらく節電のためLEDを用いていると思われる。たった1年の間にこんなに街の表情が変わるとは、まさに平壌の街は生き物のようだと驚いた。しかしそれだけでなく、人々の生活や考え方にも変化が起きていた」(同志社大大学院生)ともに2012年5月24日ウェブ版朝鮮新報)
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