一時期は衰えていた東京・大久保の韓流ショップ街も、最近は再び活気に満ちている(2017年5月撮影加藤直樹)

 

あれはいつだったか。北朝鮮が何度目かの核実験を行った翌日、私は韓国の若い友人と大久保で酒を呑んでいた。日本の大学院で日本文学を学ぶ彼は、江国香織の小説を愛読し、アイドルや芸能界の裏話が大好きな、「超」のつくノンポリだ。政治の話なんてしたことがない。

ところがその日、彼はめずらしく前日の核実験のことを話題にしたのである。と言っても、軽い調子で笑い話にしただけだが、最後に彼はこう付け加えたのだった。「でも、これがエスカレートして緊張が高まると困りますね。ぼくも軍隊に呼び戻されることになる」。

ご存知の通り、韓国には徴兵制がある。若い男は2年間の兵役を務めなくてはならない。文学青年で肉体派にはほど遠い私の友人は、森の奥深くのレーダーサイトに配属され、2年間、来る日も来る日も、1日8時間、レーダー画面を見つめ続けたそうだ。

家に帰ってテレビをつけると、核実験に対抗して韓国軍が大規模な軍事演習を行ったというニュースをやっていた。迷彩服を着て突撃していく兵士たちは、どうみても20代前半の顔立ちだ。徴兵された普通の若者たちなのだ。朝鮮半島で戦争が起こるということは、韓国の普通の若者たちが銃を取って死ぬということなのである。私は誰に向けていいのか分からない怒りを感じていた。

先日まで、ワイドショーは連日、朝鮮半島で戦争が始まるかもしれないと盛んに報道していた。だがそれとは対照的に、韓国は平静そのものだったという。実際に戦争が始まる可能性は今のところ低いと判断しているからだろう。

ところが、こうした韓国の雰囲気を、一部の日本のメディアが「危機感が足りない」と批判したのには呆れた。「韓国人は平和ボケだ」という書き込みまで目にした。

いくら経済的に余裕がない北朝鮮でも、開戦から1時間で何百発もの砲弾をソウルに打ち込む程度の能力は持っている。そして、1950年に始まった朝鮮戦争は今も休戦状態に過ぎない。だからこそ韓国では、この瞬間も何万人もの若者が兵営で訓練に明け暮れているのである。

緊張が極度に高まれば、私の友人のように徴兵を終えた文学青年も、仕事や学業を放棄して軍隊に戻らなくてはならない。戦争となれば、真っ先に死ぬのは彼らである。しかも彼らが銃を向ける相手は、同じ言葉を話す同胞なのである。

韓国の新政権は北朝鮮との緊張緩和を模索している。その外交の評価については、いろいろな意見があるだろう。だが、韓国の人々が半世紀以上も「危機」を生きている当事者であるという事実を忘れながら、日本に住む者が勇ましく戦争を論じるのであれば、それこそ「平和ボケ」ではないかと、私は思う。【加藤直樹】

加藤直樹(かとう・なおき)
1967年東京都生まれ。出版社勤務を経て現在、編集者、ノンフィクション作家。『九月、東京の路上で~1923年関東大震災ジェノサイドの残響』(ころから)が話題に。近著に『謀叛の児 宮崎滔天の「世界革命」』(河出書房新社)。

【書籍】 九月、東京の路上で~ 1923年関東大震災ジェノサイドの残響

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