【イラン製ノンアルコールビールの老舗ブランド・DELSTERのジンジャー味。酒の飲めないこの国で、その存在感は計り知れない(撮影:筆者)】

◆70円の幸せ

イラン生活も残りわずかとなり、初めての達成目指して始めた1カ月間の断食月ラマザーンも、ようやく15日目。折り返し地点に達していた。その頃には、断食をする人もしない人も、この月の習慣にすっかり慣れたように見える。町の様子も落ち着いた。夕方、アーシュレシテの大なべの前に、人が長い行列を作ることもなくなった。

私もまた、未明に朝食を取って眠りに就く生活にすっかり慣れてしまった。相変わらず職場では強烈な睡魔に襲われるが、そんなときは、席を立って廊下を少し歩いたり、エアコンの冷たい風に当たったり、進んで電話を取ったりして、なんとか眠気を紛らわせている。

この半月で、日没の時刻は17分も早まり、今では定時に仕事を終えて帰宅すると、ちょうど断食明けの時刻になっている。

時計を確認するや、買ってきたノンアルコールビールを一瓶飲み干す。毎夕、帰宅時の買物で、毎日味の違うノンアルコールビールを買って帰るのが日課になった。

イランにあって日本にないもの。それはバラエティーに富んだノンアルコールビールだ。レモン、メロン、ザクロ、オレンジ、リンゴ、ナシ、イチゴ、モモ、パイナップル、マンゴー、ラズベリー、スイカといったフルーツ系から、コーヒー、チョコレート、生姜などの変り種まで、5、6社のメーカーがそれぞれ個性的なフレーバーのノンアルコールビールを販売しており、1カ月、毎日買っても、毎回違う味を楽しむが出来るだろう。もちろん、ブラック、クラッシック、ライトなど、シンプルなノンアルコールビールもある。ボトル1本が70円ほどだ。

一杯のノンアルコールビールで私は十分に幸せなのだが、イラン人であれば、断食明けはもっと楽しく賑やかなものになるだろう。断食明けの軽食エフタールでは、お客を呼んだり、呼ばれたりで、豪勢な食事を大勢の人たちと囲むことになる。

エフタールは、振舞う側も、振舞われる側も、どちらもご利益がある。本来は、日中の飲食を控えて浮いたお金で、貧しい人々に断食明けの軽食を振舞うのがエフタールの慣わしで、預言者ムハンマドが、ナンとナツメヤシの実だけの簡素な食事で貧しい人々をもてなしたのが始まりと言われている。しかし現代イランでは、豪勢な食事で友人や親戚をもてなす饗宴と化しているのは否めない。

ちなみに、エフタールは、モスクでも無料で振舞われる。こちらは預言者の時代同様、簡素なエフタールである。一度参加してみたいと思いつつ、まだ訪ねたことはない。お祈りがあるからだ。お祈りせずに食べるだけで帰ってくるのは気がひける。

さて、最初の一週間で4キロも減った体重だが、その後、体重計の針はぴくりとも動かなくなり、60キロをキープしたままだ。せめて10キロは痩せて、学生時代の引き締まった体型を取り戻そうと考えていたが、そう簡単にはゆかないらしい。

◆断食月特別ドラマ

断食月に行なう善行は普段の何倍もの価値を持ち、この月にコーランの一節を読むことは、コーラン全てを読むに等しいとされる。そして神に最も近づける月ラマザーンは、敬虔なイスラム教徒にとって、断食の苦痛以上に、甘美な時を与えてくれる……。

だが、そうした精神性だけで過ごすには、1カ月は長すぎる。

そのためイランでは、断食月ラマザーンになると、各テレビチャンネルが競うようにラマザーン月特別ドラマを放映する。ラマザーン月の間、毎日放映され、その日の夕食後の家族団らんのひと時に花を添えてくれる。ラマザーン月が近づくと、今年はどんなドラマが放映されるのかと話題になるほど市民権を得ている。

ラマザーン月特別ドラマは、多分に宗教的教訓を含んでいるが、決して説教じみてはいない。今年のラマザーン月で最も人気を博しているのが、チャンネル3で放映中の『天国まで5キロ』だ。

主人公の青年アミールホセインは何と初回で殺されてしまう(実は死んではいない)。その後は、彼を殺した人々、彼を愛していた人々が繰り広げる現世のドラマを、幽体離脱し霊魂となった主人公と、同じく既に20年も霊魂として現世を彷徨っている女性の二人が見つめながら、この殺人事件の解決を目指してゆくという、宗教サスペンスホラーとも呼べるストーリーだ。

この『天国まで5キロ』は、主人公を霊魂とすることで死後の世界を自明とものとし、善と悪、その結果である天国と地獄、そして、その中間で揺れ動く人々の心の弱さを描き出している。

このドラマ、毎回毎回、一つの謎が解け、新たな展望が開けてゆく。そして、あまりにもいいところで、続きは明日となってしまう。ラマザーン月も残りわずかだが、このひと月を長く感じさせないことにこのドラマが一役も二役も買っているのは確かだ。
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