◆「モスル奪還」で終わりではない現実

2016年末に家の前で撃たれて死亡した夫の写真を手にするソマさん。(イラク・モスル市内で2017年撮影:玉本英子)

イラク第2の都市モスル。過激派組織「イスラム国」(IS)から町を奪還するイラク軍の戦いは8カ月におよぶ。激戦のなか、ISは次々と拠点を失い、西部地区で最後の攻防戦が続く。イラクのテレビは、解放された地区で喜びに沸く人びとの様子を伝えている。一方で、見えざる事態も起きている(玉本英子)
【関連写真を見る】ISが撤退したモスルの空き地で、生活のため鉄くずを拾う少年

今年2月、私はISが去った直後のモスル市東部地区を取材した。通りを歩く女性の姿はほとんどない。住民から話を聞こうと、私はイラク警察に同行してもらいながら、女性通訳とともに家を訪ねまわった。女性たちの多くは、同行している警官らの姿を見ると隠れてしまった。IS支配下では親族以外の男性に顔を見せることは許されなかったため、戸惑っているようだった。警官には外で待っていてもらい、通訳とともに話を聞くことにした。

ソマ・アブドゥラさん(25)は、5人の子どもを持つ主婦。ISについて聞くと、「ほとんど家から出なかったから、町で何が起きていたか分からない」と話す。女性は、顔と全身をすっぽり覆う黒いヘジャブを着れば、外出は許された。しかし彼女は2年半の間、叔父の家を一度訪ねたのと、病院へ行った時以外は出かけることもなく、買い物は夫に頼んだ。

夫は以前、レストランで働いていたが、モスルでIS統治が始まるとオーナーが逃げ出し、仕事を失った。家族は手持ちのわずかな貯えを切り崩し、食料に困ったときは近所から分けてもらった。のちに夫は仕事を見つけ、すこしは収入が入ったが、ソマさんは深くを知らなかった。

イラク軍の大攻勢が始まると、近所で激しい戦闘が続いた。昨年末、外出先から戻ってきた夫が家のそばで撃たれた。流れ弾なのか、誰かに狙われたのかはわからない。倒れる夫の姿を家のなかから見たソマさんは外に出ようとしたものの、「お前も撃たれる」と親族に止められた。助けることができないまま、夫は息絶えた。遺体は数日間、路上に放置された。

「地区は解放されたけど、夫はもういない。幼い子どもをどうやって育てたらいいのか……」

いま市内では、ISのために働いていた住民が、襲撃される報復事件が頻発している。生活のために関係したり、協力を拒否できなかった者もいる。ソマさんの妹の夫はIS協力者とみなされ、恨みを持った住民にナイフで刺されたという。両親と妹は逃げるようにしてISが残る西部地区へと移っていった。もしや夫も協力者として狙われ、殺されたのでないか。自分と子供もそうした目で見られるのかもと、ソマさんは不安な表情を見せた。

ISは地区住民を「人間の盾」にし、イラク軍の攻撃を防ごうとしている。逃げようとして射殺される者もあいつぐ。ソマさんは連絡が途絶えた両親と妹が気がかりでならない。モスルの掃討作戦は終わりに近づきつつあるが、報復による暗殺や襲撃の懸念が広がっている。IS支配が終わっても、かつての隣人関係が戻るのは先のことになるだろう。【玉本英子・アジアプレス】

(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」7月4日付記事を加筆修正したものです)

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