米兵に詰め寄るバグダッド市民。2003年4月、撮影綿井健陽

 

個々の兵士には抗命義務が求められる一方で、抗命する権利すなわち選択的兵役拒否権は保障されていない。ある兵士による抗命権/選択的兵役拒否権を認めることは、その兵士に対して国家・軍が発した命令が違法であると認めることになる。そのため、抗命権は許容し難く、選択的兵役拒否者は、命令の実施拒否として処罰される。

それでも、イラク侵攻は違法であり法的正当性を欠いているとして、「対テロ戦争」に反対した人は少なくない(1)。米軍は、良心的兵役拒否の制度を有しており、武力行使一般についての個人の信条・信仰が審査によって認められれば、良心的兵役拒否者として、非戦闘任務への配置、あるいは除隊が可能である。

この制度はその兵士の良心・信条を尊重するという自由権を保障するものであって、特定の戦争や作戦についての命令拒否は許されない。特定の命令の不服従は違法行為となり罰せさられる。イラクに派遣されること、あるいは派遣されていたイラクに戻ることを良心に基づいて拒否したために軍法会議で審理されている人は、2006年には11名であったとされる。

その中で、イラク戦争への派遣を公けに拒否した唯一の将校が、エレン・ワタダ中尉である。彼は、イラク戦争が国際法のみならず米国憲法にも違反する不道徳な戦争であるとの確信に基づき、2006年1月に辞職を願い出た。
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軍はこれを受理しなかったため、ワタダは6月にイラク戦争が国内法的にも人道的にも過ちであると判断し、そのような不正を行うことを、自らの「名誉と誠実を重んじる将校として」拒否すると声明を発表した。彼は、国連決議に基づくアフガニスタンへの派遣命令であれば、拒否はしなかったと語っている。2007年2月の軍法会議の期間には全米や外国から一千人を超える支援者が集まった(2)。

良心的兵役拒否の申請を行って承認された人もいるが、申請書作成は簡単ではない。自らの良心が、暴力行使について入隊時以降に変化したことを説得的に記述しなければならず、高等教育が受けられなかった人や移民にとって、この制度を利用することは難しい。

そもそも制度の存在を知らない人も多い。彼らにとって、「不正」であると判断する戦場から離れる最も確実な方法は、自分が戦場に戻らないこと―無許可離隊(AWOL)である。この方法について、兵役拒否者を支援する団体「軍事の権利ホットライン(GI Rights Hotline)」は、2004年だけで3万件以上の電話による相談を受けたという(3)。

ドイツ連邦軍少佐フローリアン・プファフは、戦場での情報管理をより効果的にするためのソフトウエア開発に携わっていた。ドイツはイラク戦争には反対していたが、ドイツ国内の米軍基地の護衛をはじめ米軍を支援していた。

プファフが開発するソフトウエアを米軍も利用することから、2003年4月、彼は自分が違法と考えるイラク戦争に関わることはできないとして、ソフトウエア開発に携わることを拒否した。

軍内では命令違反により大尉への降格処分が言い渡されたため、彼は連邦行政裁判所に控訴した。2005年6月裁判所は、「国連憲章および国際諸法の禁じる暴力行使にかんがみ、イラクに対する戦争には重大な法的懸念がある」として、良心の自由に基づいた命令を拒否する権利を認めた(4)。(続きを見る>>)

 

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(1)Shaun Randol, The Conscientious Objectors in Iraq: Placing them in an Historical Context, Nebula, 6.1, March 2009,p.52-53

(2)Jeff Paterson, Lt.Watada Mistrial Clear Victory, http://www.lewrockwell.com/orig8/paterson1.html(2007年3月3日)、「ワタダ米陸軍中尉の抵抗──兵士は銃を捨て、自由を手にした 2度目の軍法会議が延期に」『日刊ベリタ』2007年10月25日、http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200710251057344(2016年11月6日)

(3)U.S. army facing huge desertion problem in Iraq war 5/24/2005http://www.aljazeera.com/cgi-bin/review/article_full_story.asp?service_ID=8206 (2005年6月9日)

(4)「講演 軍人の抗命権・抗命義務―イラク戦争への加担を拒否したドイツ連邦軍少佐に聞く―」市川ひろみ訳『法学館憲法研究所報』創刊号、2009年7月、42~52頁参照。

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