しかしその3、4か月後、IS指導者バグダディが、ナクシュバンディのメンバーに対し、自分たちの下で働くことを命令したといいます。ナクシュバンディはISやアルカイダとは考え方が違います。同等に扱ってもらえないことを知ったメンバーたちは反発し、その後、バグダッドなどへ移ったといいます。残った一部はISと敵対、各地で撃ちあいなどもあったと聞いています。
モスルにはISの外国人戦闘員も多くいました。イラク政府軍による奪還戦前に、かなりの外国人がシリア側に逃げたと思いますが、残った人たちもいた。家族持ちも結構いたはずです。家族には逃げ道がない。自爆攻撃などを行なうか、地元のISなどが、彼らが帰国できないよう、殺すのではないかとさえ思っています。豊かな国から、こんな場所へ来て、哀れとしかいいようがありません。
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モスルからISが駆逐されたという報道が流れています。しかし、私は友人たちと、「しばらくしたら、他のイスラムの名を騙った組織が出てくるに違いない」と話しています。
ISがモスルを支配下に置いた時、市民の一部は通りに出て、ISを歓迎しました。それまでイラク治安部隊などから、ひどい目にあってきたからです。私はいったん町の外へ逃げたのですが、治安は安定していると聞き、モスルに戻りました。それは大きな間違いでした。結果として、私たちは身に降りかかる悪いことすべてを受け入れなければいけなくなりました。それにしても、まさかこんなことになるとは考えもしませんでした。ISを受け入れてしまったあと、統治が始まって統制もどんどん厳しくなった。公開処刑で死体をさらしたり、子どもを洗脳したり、住民の多くがこの集団は異常だ、と気づいたときには遅かったのです。
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私はモスルを愛しています。しかし今度また過激組織が町を制圧して横暴を振るうようなことになれば、私は家族を連れて、すぐにこの町を離れることでしょう。そして2度とモスルへ戻ることはないと思います。ISが統治したこの2年半は、私と家族にとって、それほど耐えがたいものだったのです。(つづく)
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