◆被害防止に最大限努力せよ
「少なくとも、国は私たちにこういうべきじゃないかと思うんです。『皆さんには申し訳ないが、皆さんの命とか病気は取り返えされへんけど、これからの新たな被害者は国が責任を持って、出ないよう取り組みます。そのために最大限努力します』。そのくらいはいうべきじゃないですか」
さらにずさんな建物のアスベスト除去や違法工事が続く現状に関連し、こう国の責任を追及した。
「(建物のアスベスト)対策にしても、民間丸投げ。(ずさんな)解体も放ったらかし。指導する自治体がちゃんと指導できなければ(周辺へのアスベスト飛散などを防止する大気汚染防止法など関連規制は)ザル法ですよ。自治体が(建物の通常使用時や解体時の)アスベストを点検するだけのカネと人員を(用意するだけの補助などを)出しているのか。お金が掛かる、掛からないの問題ではない。少なくとも最低限それが国の責任だと思っております。いまの国の態度は悪い」
建物に使われたアスベストをきちんと調査、分析、除去し、さらに廃棄物処理して適正に管理する。本来ならそうした体制が整えられて当然のはずだが、我が国ではそれを確保する仕組みや体制がいまだ整えられていない。そうしたひどい現実を見据えず、対策に本腰を入れない国に対する怒りを改めて感じた。
本当は恨み節もたくさんあるだろう。だが、そうしたことには一切触れなかった。
最後にクボタショックから10年以上が経過し、アスベストのことをまったく知らない若者が増えていることに触れた。
「(アスベストを)知らない世代が出てきているが、石綿のリスクはあるんです。無防備な状態のなかで、石綿被害が起きる可能性が出てくる。これが新たな石綿被害を拡大させる要因なのではないか。石綿被害はこれからもどんどん続くんですよと訴えていかないといけない。風化させてはいけない。私もがんばれる間はがんばっていきたい」
塩見さんは最初アスベストによる健康被害は「クボタの周辺とか、職業的にアスベスト曝露を受けた方のマイナーな病気だと思っていた」という。その後、自ら中皮腫を発症し、その原因が子どものころ、スレート工場近くに住んでいたことだろうと知った。それからアスベストの問題を知るようになり、現在では「非常に規模の大きい、しかも長期にわたる深刻な公害」と認識するようになった。
じつは昨年の集会でも塩見さんは「(国は)本当に将来の曝露を考えて、抜本的なアスベストをなくす対策をこぞってしていかなくてはいけない。今日の集会、こういう場を契機にして、ぜひ真剣に向き合って、対策をとってもらうことを希望したいと思います」と今後の被害防止を訴えていた。
だが、今回の訴えは昨年とはようすが違っていた。
転移による再発で自らの時間のなさを自覚しつつ、塩見さんは片肺での呼吸の苦しさに何度も息継ぎをしながら、ひたすら“最低限の責任”としての今後の被害防止だけを求めてことばを継いだ。
そのすがたは多くの人の心を揺さぶったのだろう。話を終えると会場からひときわ大きな拍手が起こった。
塩見さんが近い将来の自らの死に対する“最低限の責任”として国に求めた今後の被害防止。その意味は重い。そして、そのことばは国に対してだけ向けられたわけではない。「社会とか、国に訴えたい」と話しており、半分は社会の構成員たる私たちへの訴えでもある。
建物に残されたアスベストの問題を十数年取材してきた筆者にはそのことばはきわめて重く感じられた。今後のアスベスト被害防止にどう取り組むのか。私たちもまた問われている。(アジアプレス/井部正之)
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