厚生労働省がアスベスト工場などで中皮腫などの健康被害を受け、国が賠償金の支払い義務を有する可能性のある元労働者らに送付するリーフレット

 

厚生労働省は10月2日、過去にアスベスト(石綿)関連工場などで働いて中皮腫などの健康被害を受けた元労働者やその遺族に対し、賠償手続きのため国を訴える訴訟を起こして欲しいと呼びかける文書を個別に郵送すると発表した。この「個別通知」について、メディア各社は「異例の対応」「異例の呼びかけ」と半ば厚労省を持ち上げるかのような報道ぶりだ。しかし、実態は大きく異なるうえ、重要な事実が抜け落ちている。(井部正之)

2300人超がいまだ未手続き

今回の発表では、国から賠償金が支払われる可能性があるが、現在も訴訟を起こしていない元労働者が2314人に上ることが明らかになった。

2014年10月に大阪・泉南アスベスト国家賠償訴訟の最高裁判決でアスベスト工場の元労働者らに対する国の賠償義務が確定。その結果、同様の元労働者が国家賠償訴訟を起こし、1958年5月26日~1971年4月28日までの間に工場で働いてアスベストを吸い、中皮腫などの健康被害を受けたことなど「一定の要件」を満たせば国が和解に応じ、最大1300万円が支払われる。工場に直接勤務していただけでなく、アスベスト工場に出入りする運送業者などに勤めて中皮腫などを発症した元労働者も対象になり得る。

厚労省によると泉南最高裁判決以降、和解済みなのは原告数で155人。係争中は原告数で197人。ただし、妻や子どもなど複数が原告の場合も含むため、実際の被害者数より多い。5月30日に参議院厚生労働委員会で2014年10月の最高裁判決以降の訴訟件数が135件、原告数で252人と言及されている。その後多少増えたとしても、被害者数でみると今回同省が公表した推計該当者数2314人の1割にも満たないはずだ。それほど国に対する賠償手続きが進んでいないのが実態である。

問題はそれだけではない。どこのメディアも報じていないことだが、実際には現在の推計でも抜け落ちている被害者がいるはずなのだ。

厚労省総務課石綿対策室の橋口忠室長補佐によれば、今回の推計該当者数を算出するにあたって2つのデータベースを使用した。まず労災保険の支給決定者についてのデータベースから抜き出したのが2314人のうち1356人。このデータベースには1999年度以降の記録があるが、氏名や住所が記載されているのは2005年度以降だけ。今回通知を送る756人は2005年度以降の分である。

もう1つが粉じんを多量に吸うことで発症する「じん肺」の症状を判定する「じん肺管理区分決定」のデータベースで、1994年度以降運用している。このデータベースからアスベストを吸うことで発症するじん肺である石綿肺の該当者を抜き出したところ958人だった。

つまり、労災保険支給決定者では1998年度以前、じん肺管理区分決定では1993年度以前がそれぞれ抜け落ちている。

厚労省の橋口補佐は「可能性ある2314人についてまずはお送りする。その先は検討中でなんともいえない」と歯切れが悪い。
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