ムポは、少し、心のすり減った感じのする女性だった。彼女自身は週に3日、ケープタウンの水族館で受付の仕事をしているが、得られる賃金にも、仕事そのものにも、満足していないらしい。散歩のときには、整った家並みを誇らしげに説明しながら、それなのに白人はタウンシップを敬遠すると嘆き、私たちは貧しいわけではないと揚々と話しながらも、アパルトヘイトが終わっても富の大部分は白人が握っているとため息をつく。
ムポの楽しみは、夜にテレビでドキュメンタリーを見ることだ。特にアルジャジーラのドキュメンタリーがお気に入り。白人は嘘つきだからCNNやBBCは嫌いで、アルジャジーラだけが本当のことを伝えていると言っていた。
アルジャジーラに見入るムポに私は、遠くには行かないからと声をかけ、夕方から夜にかけて、ひとりで散策もしてみた。
日が傾き始めると、ケープタウン中心部で働いていた人たちが、乗合バスに乗ってカエリチャに続々と戻ってくるにつれ、町が賑やかになってくる。道沿いで、ドラム缶を2つに割ったものに網をかけ、鶏や牛肉、ソーセージを焼いて売る店からの煙と匂いが、一帯を覆っている。雑貨店や家電店、床屋や美容室などが集まる一角にはバーがあり、大音量の音楽が流れ、賑やかさは一際色濃い。私は、買ったソーセージを頬張りながら、バーでビールを頼み、瓶から直接ゴクリと飲んだ。焼いた肉とビールと、人の賑わい。アフリカ各国の多くの町で楽しんできた至福のひとときを、タウンシップにも見つけることができた。
他のアフリカ諸国ならば、こちらにおいでと声がかかるところだが、周囲の人々は遠目に私の様子を伺うばかり。隣り合った人にこちらから声をかけ、言葉を交わすことを繰り返すうちに、やっと少しずつ、私への警戒心が解かれてきたように感じる。しばらくして、ひとりの女性が声をかけてきた。
「困っていることはない? 大丈夫? ここにいる限り、何も問題はないから。あたしはこのバーのオーナーなの。何かあったら、私に話すように。私が一緒だったら、大丈夫。」
ここで出会ったほとんどの人たちが私にかけてくれた言葉には、いくつかの共通点があった。
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