11月13日に、南北朝鮮の軍事境界線にある共同警備区域(JSA)から韓国側に逃げようとして撃たれた北朝鮮兵士。生死のふちをさまよいながら受けた手術の過程で、B型肝炎や結核などの感染症を患っていたこと、そして体内に大量の寄生虫がいたことが明らかになった。JSAに勤務するエリート兵であったにもかかわらず、栄養と衛生状態が相当に劣悪だったわけだ。
日本でもかつては寄生虫を持っているのは珍しいことではなかった。55歳の私は大阪の都市部で育ったが、小学校の頃に蟯虫(ぎょうちゅう)が検査で見つかってがっくりしたことを覚えている。私より上の世代では寄生虫がいるのはごく普通のことだった。だが、虫下し(駆虫剤)の普及と衛生管理が進んで劇的に改善し、今では聞くことも少なくなった。
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平壌で教育関係機関に勤め、脱北して今は関西に住む知人に聞くと、「寄生虫がいるのは平壌でもごくありふれたこと。亡命した兵士のケースは珍しいことではない」という。中国で北朝鮮から越境してきた人の取材をしていると、時々「虫下しを買ってほしい」と頼まれることもある。
◆人糞争奪戦でいさかいも
北朝鮮に寄生虫が蔓延しているのは、農業に堆肥を使うことが主な原因だ。人糞と家畜糞を集めて稲わらや灰、乾燥させた草などを混ぜて作るのだが、春の種まき、田植えに備えて新年から春先まで全国の職場や学校、地域で一斉に行われ、「堆肥戦闘」と呼ばれている。
地方都市に住む取材協力者に聞くと「年頭の地域住民の会議で全世帯が参加するよう言い渡され、おおよそ1日に世帯当たり100キロ程度を10日間集めるのがノルマだ。さぼると批判されるので、どの家でも真面目に参加する」という。
平壌など大都市では人糞集めが容易でないため、職場ごとに金を収めるのが通例だそうだ。地方都市では、ノルマ達成のために人糞の取り合いになっていさかいになったり、他地区の人に盗まれないよう、夜ごとに共同便所の見張りに立つほどだというから大変だ。
有機農法だからか、野菜は日本や韓国のものよりも北朝鮮のものの方がずっと味が濃くておいしいと、脱北者は口をそろえる。だが、住民を動員した人海戦術で堆肥作りを行うのは健康食材作りが目的ではない。化学肥料の生産と輸入が圧倒的に足りないのだ。
一線のエリート兵士に寄生虫がいたことは、軍隊の処遇が極めて悪いことを物語っている。金正恩政権は「米帝国主義から祖国と革命を守る」として核やミサイル開発に熱を上げているが、兵士たちに虫下しすら供給できていないわけだ。
朝鮮人民軍の兵員は100万人超。服務期間は17歳から男子11年、女子7年に及ぶ。皆、民衆の息子と娘たちだ。北朝鮮政権に対する制裁は強まる一方だが、衛生と健康に関する人道支援は止めないでほしいと思う。(石丸次郎)
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