72年前の沖縄戦で被害を受けた住民や遺族らが、損害賠償と謝罪を国に求めた訴訟の控訴審で、昨年11月30日、福岡高裁那覇支部は1審に続いて原告側の訴えを棄却した。写真は会見する瑞慶山弁護士と右隣は原告団長の野里千恵子さん(撮影・栗原佳子/新聞うずみ火)

◆一方、国家賠償訴訟で『集団自決』の事実認定がされたり、戦争PTSDの事実が認められたのは初めて

72年前の沖縄戦で被害を受けた住民や遺族ら66人が、国を相手取り一人あたり1100万円の損害賠償と謝罪を求めた訴訟の控訴審で、昨年11月30日、福岡高裁那覇支部(多見谷寿郎裁判長)は1審に続いて原告側の訴えを棄却した。日本兵をはるかに上回る住民の犠牲を出した沖縄戦だが、「戦争ではほとんど全ての国民が様々な被害を受けた」とする「戦争損害受忍論」が持ち出され、切なる訴えは退けられた。住民らは上告した。(新聞うずみ火 栗原佳子)

沖縄戦の被害者が国家賠償を求めた初めての集団訴訟。艦砲射撃でけがをしたり、家族を亡くした人、「集団自決」で大けがをした人、日本兵に壕を追い出されたり、食糧を奪われた人、戦災孤児――。極限の戦場を生き延びた住民や遺族たちが2012年、「国民を保護する義務を怠り、戦闘で住民に損害を与えた」として国を相手取り那覇地裁に提訴した。

争点となったのは国民保護違反という国の不法行為責任。しかし、昨年3月の那覇地裁判決は「1947年の国家賠償法施行前は国の責任を定めた法律はなかった」とする国家無答責の法理によってこれを否定した。

控訴審判決は、「集団自決」の被害者である原告2人について、「日本軍の兵士による傷害行為や自殺教唆行為の存在がうかがわれる」と認定。原告のうち心的外傷後ストレス障害(PTSD)を訴える43人全員の被害を認定するなど、一審判決より踏み込んだ。にもかかわらず、請求は再び棄却された。当時は国家賠償についての規定がないという国家無答責の法理が阻んだ。

国は戦後、恩給法・援護法を制定し、元軍人や軍属に計62兆円の補償を行ってきた。一方、空襲被害者など民間の戦争被害は補償の対象外。沖縄戦では「戦闘参加者」とされ、援護法の適用を受けたケースはあるが、約7万人の死者と数万人の後遺障害者らに対しては謝罪も補償もない。

原告側は「救済が不十分なのは憲法の平等原則に反する」とも主張。しかし判決は、「民間人に補償がされていないことは不合理な差別とまでは認められない」とした。「国の存亡にかかわる非常事態のもとでは国民は等しく受忍しなければならない」という「受忍論」を適用、「沖縄戦特有の事情から直ちに損害賠償や謝罪を請求することは認められない」と退けた。
 
弁護団長の瑞慶山(ずけやま)茂弁護士は「国家賠償訴訟で『集団自決』の事実認定がされたり、戦争PTSDの事実が認められたのも初めてだろう。だが、一方で国の責任を認めず、損害賠償請求を棄却したのは矛盾している。不当判決だ」と批判した。

原告団の平均年齢は83歳。提訴から5年。このかん6人が亡くなった。原告団長の野里千恵子さんは「あんなにあっさりと切り捨てられるとは。戦争で心身に傷を受け、ずっと放置され黙ってきた人たちが人生の最後に勇気を持って国の責任だと訴えた。国のため働いて戦死した人は手厚く補償して一般の民間人を切り捨てていること自体、世界と肩を並べられるような国家ではない。命に対する公平な補償をしっかりやってほしい」と訴えた。

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