ルンギの買い物を手伝ったこともあった。私のレンタカーで、カエリチャ中心部へと向かうと、大型ショッピングモールのある一角に出た。モール内は、大手スーパーチェーン店を中心に、銀行ATM、日用品店、洋服店などが並び、人でごった返している。銃器を携えたセキュリティが多いかと思いきや、警備はかなり薄めだ。駐車場に車を停める際にも、南アのあちこちで見られる見張り番はなく、それで何の問題もないとルンギは言う。
店内の品揃えは、南アの他の街で売られている商品と何ら変わりはない。スーパーでは、切手大に切った食パンにつまようじを刺して、新しく販売される食パンの試食まで行われていた。表通りには、食品や自動車の看板があちこちに立っている。今回の取材で私が主題としている、ケープタウン・インターナショナル・ジャズフェスティバルの告知も見られた。
カエリチャ市内を独りで散策していると、瀟洒なレストランを見つけた。
中を覗くと、中庭に、プランターに囲まれた机と椅子が並んでいるのが見える。店のカウンターでは、スムージーのテイクアウトが売られていた。レストランでのメニューは、コースのみ。この店構えにしても、メニューにしても、どう見てもタウンシップっぽくない。
頭の中に、質問が次々と吹き出てきて止まらなかった私は、この店を営むアビに話しかけた。
「失礼な物言いとなってしまいますが、タウンシップの中に、このようにきれいなレストランがあるとは、思いもしませんでした。」
アビは、にっこりと笑って話し始めた。
「ここを訪れた方は、みなさんそう言います。でも、タウンシップにこんなレストランがあったっていいですよね」
店主のアビはカエリチャに生まれ育ち、今もここで暮らしている。ケープタウン中心部で、長く歯科技師の仕事に従事しながら、カエリチャでも新しい試みをしたいと、このレストランを開いた。
「母が作ってくれる手料理の味が好きでした。カエリチャにはカエリチャのお袋の味があります。ケープタウンには世界中から観光客が訪れるのに、カエリチャの味を伝える場がないことが残念でした。移動式のトレーラーキッチンで惣菜の販売を始めたところ、手応えを感じられたため、このレストランを開くにいたっています。母が教えてくれた味を、母と暮らしてきたこの街で提供することを、考え続けてきました。」
順を追って淡々と、彼女は説明を続けた。
「外国人や南アの白人が、今もタウンシップを敬遠していることは、私もよくわかっています。しかし同時に、カエリチャは私の故郷ですし、現在の住まいでもあります。ビジネスをするには、ケープタウン中心部のほうがやりやすいです。でも、自分の街で仕事ができるなら、そんな幸せなことはありません。」
同様の想いを抱く人々は、アビだけではない。
「実はここで、しばしばビジネスカンファレンスを開いてきました。有機野菜を販売する生鮮品店主や、小さなホテルの経営者などが集まり、カエリチャでビジネスができないか、アイデアを交換しあっています。ケープタウン市内のホテルで、白人を交えて同様のカンファレンスを開いたこともあります。ケープタウンでできることが、カエリチャでできないはずはないと思っています。カエリチャには、スーパーも学校も病院も警察もあります。カエリチャは、ほかの(タウンシップではない)街と比べても、なんにも変わりはありません。」
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